今回はティーダメインで、ジェクトが出てきます。
家出て五年ぶりの再会と言ったところでしょうか……
無理があるのは、つ、つっこんじゃいけない……
ジェクトがかっこよくて仕方ない。
でも一番はやっぱり78組。
次はどのあたりをかこうかな。
獅子兄弟の過去とかでもいいかな……
ティーダの所属する異説学園高等教育課程部内ブリッツボール部は、高校生の部では五指に入る強豪チームであった。その道のプロが組んだメニューと学校が用意した充実の設備の下、部員たちの質も向上していた。しかしその雰囲気は決して厳しいものではなかった。
「うわっ、掛けんなよ!」
「どうせ流すんだろ!」
現在、練習試合を終えた部員たちは汗を流すためにシャワールームに集まっていた。一応仕切りで分けられているのだが、その位置は肩から膝を隠す程度。つまり、シャワーヘッドを隣のスペースにいる部員に掛ける悪戯が全く容易にすることができる。一人が始めると、たちまちその場に居合わせた全員が標的となる。それも一対一ではなく、一対複数がふつうであった。
その巻き添えを食らう前に、ティーダはなるべくこっそりとシャワールームを抜け出した。すると目敏い部員が叫んだ。「隊長!ティーダが見当たりません!」その後すぐに「何だとっ!」という声が聞こえてきた。シャワールームに引きずり込まれる前に、ティーダは急いでその場を離れてロッカーの方に走った。
予備として置いていたシャツを着て、その上に学校指定のカッターシャツを羽織った。前は止めずに黒いスラックスを穿き、ベルトを留めた。その間わずか一分未満。まだ乾いていない髪を拭きながらロッカーの間に置かれたベンチに腰を掛けた。すると何かを踏んでしまった。慌てて立ち上がって見れば、『月刊BLITZ』という文字が目に入った。ブリッツボール好きなら誰もが購読する月刊誌である。表紙は、見覚えはあるが名前がわからない選手がガッツポーズを決めている写真だった。ぱらぱらと捲っていくと、先日終わった世界大会の、その時よりも前の記事が載っていた。批評家のコメントや、新人選手のロングインタビュー、初心者のための用語解説などが続き、ある記者の連載ページで手が止まった。そのページに載っていた写真は、記憶よりかなり若いころの、まだ刺青も傷もない父親、ジェクトの写真だった。
ティーダは雑誌を閉じた。本当は叩きつけでもしたかったが、生憎自分の所有物ではないので、そんなことはできない。髪を拭いていたタオルはそのまま首に巻き、スポーツバッグを肩にかけてロッカーを出た。
今まで一度も、ティーダはこの手の雑誌を買ったことがなかった。理由は、どの雑誌も、必ずと言っていいほどジェクトの記事が大なり小なりあるからである。雑誌が読みたくないわけではない。どうしても目についてしまうのだった。テレビでの試合は、悔しいが、見ていて興奮するので割り切っている。どうしても記事だけはだめだった。
携帯を弄りながらふらふらと寮へ歩いていると、後ろから肩を叩かれた。見ればヴァンが私服で立っていた。
「今帰りなのか?」
「うん」
「なんか暗いな」
「大したことじゃないッス」
本当に、大したことではない。そう思いながらティーダはヴァンの持っている紙箱に目を向けた。どう見ても、バスキン・ドーナッツのそれに間違いはなかった。
「それ、どうしたんだよ?」
「これ?ラグナがお礼にってくれた」
そういって、ヴァンは箱をティーダに渡した。開けてみるとそこには小さくて丸いドーナッツが八つくっついた店のキャラクターを模したドーナッツが入っていた。
「……あの人、相変わらずッスね」
地元なのに迷子になることができる大統領を思い出して、ティーダは笑った。
同時刻、ミッドガル中央空港。
遠征でエスタに来ていたジェクトは思わず溜息を吐いた。空港で運行状況の電光掲示板を見れば、乗るはずだったエスタ発スピラ行きの飛行機がなんと全便欠航となっていた。なんでも、スピラエリア独特の「最悪の天候(シン)」が発生したらしい。シンは不定期に発生すると一週間は続き、大雨に強風に雷に波浪、ありとあらゆる悪天候が発生する。時には嵐や地震も襲うことがある。
スピラとエスタは協定を結んでいるので、シンが発生した場合の宿泊は自動的に確保される。次に飛行機が出ると予想される日までどうしようかと、チームメンバーとともに思索した。結果は定番に、エスタの主要都市ミッドガル観光をしようという提案が出た。皆試合で疲弊した体にもかかわらず、なかなか落ち着いて見て回れない世界の首都を訪れてみたかった。
「おいおい、それじゃかえってまた疲れるじゃないか」
リーダーのジェクトの意見をよそに、結果の見えた多数決で観光が決まった。
面倒なことになっちまったなぁ。適当に束ねた髪を掻きながら、ジェクトは二年前から出て行った息子の顔を思い浮かべた。
翌日。部活が休みにも関わらずティーダは早く起きた。日頃の習慣もあるが、今日は大事な日であった。現在人気のアイドルグループ『YRP』の新しいアルバムの発売日であった。
「財布よし、予約票よし、携帯よし、その他よし!」
鞄の中身を机に並べて、忘れ物がないかチェックをした。確認を終え、ティーダは再度順番に鞄に放り込んでいった。
玄関に座って靴を履いていると、背後からヴァンの伸びた声が飛んできた。
「……いってらっしゃー」
「昼はフリオの所に来いよ!」
「おぉー……」
間の抜けた音がしたあたり、無意識に手を上げていたのかもしれない。いつでもマイペースな親友に笑いながら、ティーダは家を出た。
ところ変わって、ミッドガル八番街にある喫茶店「R.R.」。そこにティーダの姿があった。
「今回はちゃんと買えたんだな」
店長代理のフリオニールはオレンジジュースをティーダの近くに置いた。まだ昼前なため、店内にいるのは、長い金髪を後ろで一つにまとめて新聞を読んでいる男と、持ち込んだノートパソコンに向かっている新羅の社員だけだった。
「予約は大きかったッス」
店頭で、『予約殺到のため、店頭販売分はありません』という張り紙を見たときは、一か月前の自分を褒め称えたくなった。ちなみに手に入れたCDは特典のブラインド式ブロマイドとともに、背に置かれた鞄の中に収められている。写真は帰ってからのお楽しみに取っておいている。
「前回は大変だった……」
「あ、あれは本当に悪かったって思ってるから!」
前回、というのはシングルが発売した時のことである。何件もCDショップを回ったがどこも売り切れという事態に、ティーダはフリオニールに泣きついた。といっても、実際フリオニールはひたすらティーダの話を聞かされ、さらにそれをクラウドに話した。結果彼の訴えに同情を覚えたクラウドがとある筋を使ってそのCDを手に入れて配達したことで収まった話である。その時に、今度からは絶対予約する、と誓ったのであった。
洗った食器を布巾で拭いながら、フリオニールは言った。
「というか、ティーダなら直接言えば……」
そこで、ドアに掛けられた鈴が鳴った。入ってきたのは深い青色のジャケットを抱え、黒いキャリーバッグを引いた男だった。するとフリオニールの表情が明るくなった。
「ウォーリア!久しぶりだな、いらっしゃい」
「やっと交渉が終わって、こっちに帰って来られた。コーヒーを貰えるか?」
「分かった」
注文を受けるや、フリオニールは食器を拭く手を止めてコーヒーを淹れはじめた。その傍ら、食パンを一枚半分に切り、トースターに入れた。
ウォーリアと呼ばれた男は窓際の席に座り、テーブルの下に鞄を置いた。
「知り合いっすか?」
「家が近所で、勉強とか見てもらっていたんだ」
慣れた手つきでこだわりのコーヒーを淹れていく。砂糖の量を聞かないあたり、フリオニールが把握するほどにウォーリアはこの喫茶店に足を運んでいるようだった。
すると、再び扉に下げられたチャイムが涼しげな音を立てた。音につられてなんとなく目を向けると、スコールが入ってきた。
――― スコール、と
「……え?」
更にその後ろに人がいた。それはティーダが、ここにいるはずがないと信じてやまない人物、ジェクトであった。
その後のティーダの行動は早かった。テーブルの上にジュース代を置き、鞄を抱えて足早に店を出ようとした。しかしその前にジェクトに阻まれた。
「なに人の顔見て逃げようとしてんだ、あぁ?」
「べ、別に逃げてねぇよ!つーかなんであんたがここにいんだよ!」
「昨日まで試合だったんだよ!」
「なら大人しく帰れ……っ!」
急に足元が浮いたかと思えば、気付けばティーダはジェクトの肩に担がれていた。下ろせと抗議するが、膝と腰を押さえられているため威力は落ちた。
「おい、こいつ借りてくぞ」
不意にジェクトの視線がスコールに向いた。
「どうぞ」
思わず反射的に言葉が口を突いた。途端に効果音がつく勢いでティーダの視線がスコールに突き刺さった。
「スコール!覚えてろよ!」
口調は勢いがあったが、いかんせんティーダは担がれてしまっていたため、何とも言い難い感情にスコールはなった。
まるで嵐が去った後のような静けさを感じながら、フリオニールが声をかけてきた。
「あの人、ジェクト、だよな?」
「あぁ。ティーダの、父親だ」
喫茶店から少し歩いたところにある公園で、二人は各々一脚ずつベンチに座った。人通りの少ない裏の公園だったため、彼らを見ているものはいなかった。
「何の用ッスか」
「別にこれといっちゃねぇな」
「何で、ここにいるッスか」
「飛行機がシンで飛ばなくってよ」
ティーダはジェクトを横目で見た。
「……その格好、何だよ」
「別に好きでしてるわけじゃねぇよ」
ジェクトは着ているワインレッドのシャツを引っ張った。大人しく寝させてくれればよかったものを、仲間に引っ張られる形でホテルを出ることになったのだった。どこで調達してきたか分からないこのシャツに薄いベージュのスーツに黒いネクタイ。
『ジェクトはこれぐらいしなきゃダメだろ』
目立つのは好きだが、こういった格好は好かなかった。ジェクトは締められたネクタイを緩め、律儀に留めていた袖も捲った。上着は座った時点で脱いでいだ。
意外と似合っている、なんて言葉をティーダが口に出せるはずもなかった。きれいに日に焼けた身体に明るい絽は映えたし、シャツも好んで赤を身に着けるため違和感が見られなかった。ミッドガルなんて都会で練習の格好で歩かれた方がよほど困ることだ。
ジェクトに直接会うのは五年ぶりだった。丁度秩序学園の中等教育課程部へ通うためにミッドガルに引っ越す前だった。いつものように軽く話して、頭を乱暴にかき回されて、それだけだった。ミッドガルに行くことは話さなかった。どうせ分かることだし、さして重要性も感じていなかった。
「まぁ、何だ。元気にやってるみてぇじゃねーか」
「何も言わないのかよ」
勝手に出てったこと。ティーダは言った。
「別にとやかく言うつもりはねぇよ。俺様はな」
ジェクトは腕をベンチの背に掛けた。
「おめぇが出てってからアーロンがしつこくてよ。連絡が一切なくて大丈夫なのか!って。おめぇなら大丈夫だって言ってもあんたに何が解るんだって返されて、いろいろ考えたもんだ」
どっちが父親なんだか、とジェクトは苦笑した。
ベンチから立ち上がると、ジェクトはそのまま自分のシャツの胸ポケットを軽く叩いた。
「ま、偶には連絡くれぇ寄越せや」
「結局いるのかよ」
それに倣うように上着の胸ポケットに手を当てると、紙が入っている音がした。
「それだけだ。じゃあな」
見てみればそこには十一桁の番号と、身内が見るとこっ恥ずかしいメールアドレスが書いてあった。
上着を脇に抱えて遠ざかっていくジェクトに向かってティーダは大声を上げた。
「……親父!」
「あぁ?」
「試合、ちゃんと見てっからな!」
その言葉に、ジェクトは笑った。
「今度良い席でも送ってやるよ!」
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