文字通り、箱入りの静雄さんが臨也さんのもとに送られてきた。
その日、折原臨也は一人で仕事をしていた。朝からコンピューターの前に座り、淡々とキーを叩いていた。室内は静かそのもので、仕事もはかどっていた。
ふと、そこにインターホンの音が鳴り響いた。臨也は手を止めた。今日この時間に来る予定の関係者はいない。かといって誰かが訪ねてくるような時間でもない。椅子から立ち上がり、臨也は内蔵カメラからドアの外の様子をうかがった。しかし玄関口には誰もいなかった。悪戯にしてもこんなところまで来てする必要性はない。何せここは最上階に近い。そう思い、臨也はとりあえず玄関の扉を開けた。
「やあ折原君」
青相手すぐにドアを閉めようとした。しかし足が挟まれて完全に扉をしめ切ることが出来なかった。不用意に開けるんじゃなかった。臨也は一つ溜息をついて、扉を引く手から力を抜いた。そうすればくぐもった声の悲鳴が聞こえた。それもそうだ。足は扉を開けようと外に力を入れていた。そのつり合いがなくなれば当然勢い良く開く。ちょっとした臨也の仕返しだった。
見れば、そこいたのは見間違えようのない、ガスマスクに白衣を着たなんとも奇妙な男であった。彼ははかなり大きな段ボールを横に立っていた。
臨也は肩を竦めた。
「何の用ですか、森厳さん」
「君にプレゼントだ」
そう言って森厳が指したのは、横にあった大きな段ボール箱であった。「この箱が、ですか?」
一見すると何の変哲もないただの段ボール箱である。特に傷も汚れもない。郵送などの際によく使われる扱いを示したシールが上部に貼ってあった。どうやら中身は「割れもの」で「なまもの」だそうだ。臨也は何か引っかかった。この箱の大きさでなまものと言われると、かなり限られてくる。箱の大きさはそれこそ、大の大人が一人易々と収まりそうなサイズである。
臨也の背中を嫌な汗が伝った。森厳の方を見ると、微々たるものだが体が揺れている。それも楽しそうに。脳が恐怖から全力で受け取り拒否を命じている一方、心は面白さゆえに受け取り承諾を訴えていた。
「まさかとは思いますが、中身はもしかして」
「煮るなり焼くなり好きにしたまえ。あ、でも殺してはいかんからな」
そう言い残して森厳はそそくさと早足でエレベーターに乗り、下へと去って行ってしまった。断るタイミングを逃した臨也は一度、深く溜息を吐いて携帯電話を手に取った。電話を掛けると、幸運にも今最も頼りにしたい人物がちゃんと出てくれた。
「あ、運び屋?ちょっとお願いしたいことがあるから今すぐ新宿の事務所に来てくれない?本当、至急よろしく」
数十分後、身支度に少々時間を取ったが、運び屋ことセルティ・ストゥルルソンは新宿の臨也の事務所に姿を現した。彼女がそこで見たものは世にも奇妙などころの話ではなく、狩沢がこの場に居合わせたら文字通り言葉にならない叫びをあげていただろう光景であった。
あの平和島静雄が、折原臨也に抱きついていた。
「・・・やぁ、運び屋」
「よぉ、セルティ」
二人はセルティを見上げ、視線の合ったセルティはしばし沈黙した。やがてPDAを取り出し、それを臨也に向けた。
『一体何があったんだ?』
「冷静な対応ありがとう。何があったかどうかは言葉で説明するより示した方が早いよね」
そう言うと、臨也は静雄を自分のうえから退かせて上体を起こした。そして静雄に向かって言った。
「シズちゃん俺のこと好き?」
『何を聞いているんだ臨也?お前は静雄のこと嫌いだろう』
セルティのこの文面は最早驚きによる動揺を通り越して変に冷静になってしまっているだけのことであった。しかしその冷静さをもぶち壊す静雄の一言が待ち受けていた。
「あぁ、大好きだ臨也」
『?!?!?!?!?!?』
そう言って微笑んだ静雄を見て、セルティは素直な感想をPDAに書きなぐった。そしてそれを臨也の顔に押し付けた。
「多分君が言いたいのは『これは一体どういうことだ臨也!説明しろ!』あたりかなぁ。俺だって知りたいよ。開けたらもうこの状態だったんだからさ」
数十分前。
セルティに連絡を取った後、臨也は悩みに悩んだ挙句、とりあえず箱を家の中に入れることにした。重かったので半ば引きずる形になっていたが、何とかリビングまで運び、そしてナイフでその封を開けた。その中身を見て、臨也は自分の予想が当たったことを呪った。
確かに箱の中には平和島静雄が入っていた。とりあえず触って見れば温かく、死体でないことが確認できた。特製の薬品か何かが盛られているのだろう。かなり深い眠りに就かされているようで、試しに頬を抓っても何の反応も示さなかった。着ている服はいつものバーテンダーの服だった。靴もちゃんと履いている。昨日どこかで拉致られたのかと臨也は思った。しかし外傷も内傷も見当たらない。超強力麻酔でも打ち込んだか。それもそれで危険なことだがそれでも死なない静雄の方がもっと危険である。
さて開けたは良いがどうしようか。そう考えていたところ、ふと箱の中に入っている紙を見つけた。
「えーっと、平和島静雄の目を覚まさすには彼のフルネームを彼が聞こえる程度の声量で持って言いなさい・・・って」
今俺言っちゃったよね。「平和島静雄」って。
恐る恐る箱の方を振り返ると、がさりと音が鳴った。そして先ほどまでまったく無反応だったはずの静雄が段ボールから出てきた。
「・・・・・・」
まだ意識がはっきりしないのか、静雄は立ち上がったまま動かなかった。そして頭が、視線が臨也の方を向いた。向いてしまった。
「や、やぁ・・・シズちゃん」
「・・・ざ、や」
臨也は近くにあったナイフを手に取り、携帯をジーンズのポケットに入れ、いつでも逃げられる態勢をとった。
「目覚めはどうだい?」
「・・・・・・」
「まさかシズちゃんが箱詰めされてくるなんて思ってもみなかったよ」
「・・・・・・」
「ネブラの奴らもなかなか有能な奴らじゃないか。君みたいな化け物を捕まえちゃったんだから」
「・・・・・・」
「でも何でそれを俺のところに送ってくるかなー」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
(何この無言!)
臨也は全く反応を返さない静雄に対し肩を落とした。こんな逃げる態勢を取っている自分が何だか馬鹿馬鹿しく思えてきた。
ところがそこで突然静雄が動いた。
「ッ?!」
しまったと思った時には時すでに遅し。静雄は臨也の目の前まで来ていた。逃げる道を捨て、右手に持っていたナイフの刃を出し、それを突き立てようと手を前に出したが。
「臨也!」
「・・・・・・はっ?」
臨也はそのまま後ろへと倒れた。フローリングの床に頭を強く打ちつけたが、そんな痛みよりも、静雄の行動は彼を驚かせていた。
何で俺はシズちゃんに抱きしめられているのだろう?
あまりの驚きに身体が動かなかった。そのまま馬鹿力で圧死させられるのかと思いきや、全くそういった力が入っていない。ただ人を抱きしめる時位の力で臨也は静雄に捕まえられていた。
「ちょっとシズちゃん?本ッ当どうしたの?」
もう驚きよりもある種の恐怖しか臨也の中にはなかった。静雄の頭を叩いて退くように指示するが、顔を挙げた静雄の表情を見て、臨也は更に恐怖を煽られる羽目になった。
「臨也、大好きだ」
そのあまりにいつもと違いすぎた表情に臨也は赤面した。
その後何度か糺そうと試みるもことごとく失敗し、そこにセルティがやってきた。
場所はリビングへと移り、三人はソファに座っていた。もちろん、臨也の隣に静雄は座っていた。
「本当は家に返してもらおうと思っていたけど、とりあえず新羅の所に連れてってくれないかな?」
「俺は別にどこも悪くない」
会話の限り、静雄は別に記憶がどうこうなっているわけではないようだとセルティは思った。
「行ってくれないと俺が困るの」
そう臨也が言った途端、静雄はあからさまに傷ついた表情になった。
「臨也は俺と一緒にいるのが嫌なのか?」
普通の女性ならば、確実に落ちるだろう。しかし残念なことに相手は臨也である。
「嫌だとかそういう問題じゃなくて。この状況は俺にとっても運び屋にとってもおかしな状況なの。シズちゃんが俺のこと好きだなんて正直あり得ない話なんだって」
「あり得なくなんかねぇ!」
「あり得ないってば!」
『・・・・・・』
最早何をどういっていいか分からず、セルティはとりあえず一言言った。
『臨也も一緒に来ればいいじゃないか』
「は?」
『それで済む話だろう?』
そう静雄に向けると。
「あぁ」
先ほどまでとは打って変わり、静雄は途端に明るい表情になった。
『じゃあ、決定だ』
「行くぞ、臨也」
「え?ちょ、何で俺まで」
臨也は静雄に首根っこを掴まれ、そのままセルティと共に玄関へと向かうこととなった。
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