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日常/感想/二次創作小説※重要。小説へはカテゴリーの一覧から飛んでください。取扱CPはDRRR:臨静臨/APH:東西&味覚音痴/異説:78中心天気組/黒バス:赤降赤/VGユニット:騎士団航空海軍他。DRRRは情報屋左推奨中。TV小説漫画DVD所有。APHは東西LOVE独語専攻中。漫画全巻CD原作柄所持TV二期迄。異説はもう天気組愛。原作は7のみ。コンピ把握。81012は動画攻略wiki勉強。究極本厨。赤降気味でリバOK。VG擬人化フレイム・サンダー辺りとか。コメント・誤字指摘歓迎します!!転載とかはご遠慮願います。
No.
2024/05/07 (Tue) 03:29:07

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No.158
2012/01/07 (Sat) 22:28:56

第九話。


 本格的な冬がやってきた。一年最後の月が訪れ、何かとせわしない空気が街を包んでいた。東京で雪が降った日はまだ一度もない。昼間は薄い層の雲が並んだ水色の空が広がり、夜は澄んだ深い紺色の空が広がるようになった。目を凝らすと一等星の輝きがネオンに負けず輝いていた。日を追うにつれ陽も短くなり、帰路に着くころにはすでに日が落ち始めていた。
 平日の午前は学生の数は減ったが、社会人は年末の三日前ほどまで休みはない。交差点が赤信号に変わり、社会人の一団は足を止めた。その一団に静雄は混ざっていた。制服の上にコートを着込み、手には手袋を首にはマフラーと冬の装いに身を包んでいた。息を吐くとそれは白く曇り、やがて街に溶けていった。
――― 冬、だなぁ
鞄を持ち直し、静雄は青信号に変わった横断歩道を渡った。道行く途中ふと脇を見れば店先がクリスマスで彩られていた。恒例のツリーに赤や青や緑のメタリックで塗られた丸い飾り、星形に切り抜かれたシール、窓ガラスには白いスプレーでサンタクロースとトナカイが描かれていたり、様々な装飾が店を飾っていた。ついで商品に視線をずらせば、クリスマス特価と言わんばかりに様々な商品が割り引かれていた。
――― クリスマスか……
ふと思えば、クリスマスはそろそろでは無かっただろうか。携帯でカレンダーを確認すれば、クリスマス二日前だった。二学期が終わってからも、ずっと教師の有志で行われている補講で学校に通っていたため全く気にしていなかった。
 ――― 確か臨也の奴、明日家に来るよな
いろいろお世話になったので折角だから何かしようかなと思い立った。
 

 二十四日、朝。
 朝の気温がぐっと下がり、寝具からなかなか出られなくなり始めた。臨也は無理やり起床するなりすぐに長袖のパーカーを羽織り、欠伸をしながらキッチンに入った。小型の雪平鍋に水を張りコンロに乗せ火をかけ、食器棚からマグカップを出しコーヒーとクリープ、砂糖を入れ食パンをトースターに入れた。
 湯をコーヒーに注いで軽く回し、焼き上がったトーストを口に銜え、臨也はテレビをつけた。丁度朝のワイドショーが始まったところで、各紙の朝刊をパネルに出して解説とコメントを付けていた。
 次第に目が覚めてきたところで、番組はクリスマス特集に入った。
 ―――あぁ、今日クリスマスイヴか
口の中のざらつきをコーヒーで流し、カップをシンクにおいて臨也は自室に戻った。特に考えることなく着替え、黒いコートを羽織って、携帯や財布、そして数本のナイフを身に着けて臨也は家を出た。

 
 二時間後、駅前。
静雄はデパートに来ていた。何をしようか考えた結果、無難にプレゼントを贈ることに決めた。一番無難な選択であったが、一番難しい選択だった。クリスマスイヴともあって周りを見れば人が大勢行き交い、男女の二人組がやけに目についた。
 そして静雄の横には、ある意味女性以上に貴重な人物が立っていた。
「珍しいね。兄さんが買い物なんて」
幽である。紺色のシンプルなロングコートに身を包み、サングラスも忘れていない。何人かがまさかと注意を向けるが、今のところ声はかけられていない。一人で行くのが躊躇われたため、ダメもとで連絡を入れたところ思わぬことに了承が得られた。
「あぁ、そうか?」
プレゼントを贈ると決めたのはよかったが、実際頭の中では何を買おうかと必死になって検索していた。正直学生が買えるものなんて限りがある。そして臨也の所得を勝手に考えると何を買えばいいのかさらに分からなくなった。
 それよりも。しばし考えを片隅に追いやって静雄は言った。
「よく休みとれたな」
静雄は幽が付き合ってくれたことに驚いた。特番に加え確か映画の撮影も続いていたはずである。
「今日は生放送とか中継、無かったから」
幽は少しだけ表情を崩して答えた。その答えに静雄は少しだけ納得した。収録番組なら事前にどうにでもできる。
実際は、幽はプロダクションに無理を言って休みをもらっていた。しかしクリスマス以降に休みを取る方がもっと困難であったため、また今までほとんど休みを取らず働いていたので、妥協してもらえたのであった。夕方はすでに予定が入っており、午前中に買い物をしようと考えていた。そこに突然の静雄からの誘いがあった。驚きながらも、久しぶりにとれる時間に幽は快諾した。

 
 特に行きたい店がなかったため、静雄はまず幽の後をついていくことにした。
 昇りのエスカレーターに乗りながら、幽は尋ねた。
「兄さんは折原さんに、だよね?」
「……まぁ、世話になったしな」
「何買うかって考えた?」
「いや、思いつかなくてよ」
「そう」
幽は手を顎に当てて考えた。
「あの人の場合、欲しいものは何でも自分買い揃えていそうだね」
「だよなぁー」
静雄はベルトに肘を置き溜息をついた。
 目的の階につき、エスカレーターから離れた。着いたのかと静雄は思ったが、そこは紳士服売り場ではなく、婦人服売り場だった。
 様々な音楽が流れ、いわゆる「可愛い」服が所狭しと並んでいた。
「俺も折角だから買おうと思ってさ」
「ぉお?」
思わず何を、と問い返しそうになったが、静雄は控えめな性格の少女を思い出した。実際に見たことは無いが、幽同様役者でありまたアイドルであるためテレビでは何度か見たことがある。確かに彼女のよく着ている服もこの階にはありそうだ。しかしさすがにこのフロアに男二人は、と思いながら、しかしそれをあえて考えようとせず静雄は幽の後を追った。
 視線を上にあげて店名を一つ一つ見ていくと、クラスの女子がよく喋っている店や紙袋で見覚えのある店などが目に入った。一着いくらぐらいするのだろうかと目についたコートの値札を見て、意外と高いもんだなと思った。なんとなく順番に見ていくと、納得できるものもあればこれがと驚くような値段がついている服もあった。
 ふと幽の方に視線を向けると、プレゼントともあって真剣に考えて見ていた。何か手伝ってやりたいとは思うが、助言できるほど通じているわけではないし、むしろ幽の方がセンスがある。かえって悩んでいるのだろう。
 邪魔をしないようにと思い、静雄は話しかけた。
「先上行って探してくる」
「分かった。あとでそっちに行くよ」
「おう、分かった」
静雄は軽く手を振って、上りエスカレーターのところにまで戻った。
 一つ階を上がるだけで婦人服とは雰囲気はがらりと変わり、紳士服売り場は比較的静かだった。人の数も減っている。静雄は知らないうちに入っていた肩の力を抜いた。
「さて」
何を買おうか。通路に沿って様々な店に視線を向けていくと、コートやジャケットがよく目に入る。どれもセンスの高さがうかがえるが、どう考えても買い手は社会人だ。学生の買えるものではない。インナーを見ても何がいいのか全く分からない。敢えて持っていなさそうなものを贈るのも一つの手かもしれないと思ったが、それは何となくプレゼントではない気がした。さらに細かく見ていくと、装飾品のように置かれたマフラーに目が留まった。そういえば臨也は好んでフードつきのコートを着る割にハイネックのインナーはあまり着ていなかった、と静雄は思い出した。
―――よし、マフラーにするか
ものが決まれば話は早い。クリスマスにちなんで緑にするか、赤にするか、無難に紺色にするか。順に店を見まわっていくなかでノルディック柄も見つけた。だが、似合いそうにないなと思った。でも鹿とかがついたのを巻いていたら、それはそれで可愛いかもしれない。
―――って、可愛いは違う
静雄は頭を振った。慌てて別の柄に目を動かした。そこで無地が目に入ったが、少しさびしかった。着ている服が無地だから柄は合った方がいい。アーガイルかチェックが妥当だろうか。いつも黒い格好ばかりだから黒や灰色は避けよう。そう思っていると深い赤色に黒と緑のアーガイル模様の入ったマフラーを見つけた。
 ――― よし、これにしよう
あまりに悩んでいては決まるものも決まらなくなる。そう思い静雄はそれを手に取った。念のため値段を確認するとマフラーの相場より若干高くはあったが買えないわけでもなかった。
「プレゼント用に包装しますか?」
店員に尋ねられ、静雄は一つ頷いて提示された見本の中からあまり華美でないものを選んだ。
 包装されたプレゼントはさらに紙袋に入れられた。それを受け取って店を出て、携帯を取り出してメールを打ちながら下りエスカレーターの方に向かうと、偶然にも幽が立っていた。あの後すぐに決めたのだろう。肩には最後に見た店のロゴプリントが入った濃い桃色の不織布の袋を提げていた。
「思ったより早かったね」
「まぁ、買うものが決まったからな」
携帯をポケットにしまい、静雄は下りエスカレーターに乗ろうとしたところ、幽に腕を引かれた。
「どうかしたか?」
「兄貴の分も」
「いや、別に良いって」
断ろうとしたが、幽の目は真剣そのものだった。その様子に静雄は折れ、手を引いたまま歩き出した幽に必然的について行った。

 
 買い物は昼過ぎまでかかった。折角買ってもらったのだから何か自分も返すと言ったところ、手料理が食べたいと言われた。本当にそれでいいのかと問い直したがそれでいいの一点張りで、じゃあ約束だと指切りをしたところで、近くの喫茶店に着いた。
昼食というにはいささか遅い食事をしていると、不意に幽の携帯電話が鳴った。その電話を受けながら少し表情が曇ったのを見て、仕事の内容だろうなと静雄は推測した。人気の俳優なのだから仕方がないと思う反面、やはりさびしさは感じてしまう。強行して買い物に出かけられたのは運が良かったかも知れない。
 電話を切ると、予想通りマネージャーからの電話で、打ち合わせが入りすぐに戻らなくてはいけないようだった。行ってこいと静雄は手を振った。
「本当ごめん」
「そんなに謝んなくてもいいって。買うもんは買ったし、あとは帰るだけだからよ」
グラスに残っていたオレンジジュースを空にして、静雄は席を立った。後を追うように幽も席を立ち、勘定を済ませて店を出た。
 外は午前以上に増えており、様々な袋を持った人が流れを作っていた。
「じゃあね」
「またな」
軽く挨拶を交わして、静雄は幽を見送った。マネージャーが近くまで来ていたようで、そのまま車に乗り込み走り去っていった。
 
 
 
 家に帰るなり、静雄は自室で荷物を下ろしそのままベッドに直行した。思った以上に疲れた。プレゼント一つ買うのにここまで疲れるとは思ってもいなかった。
 母も仕事に出ている。静かな室内でふと、静雄はこの間の臨也の言葉を思いだした。
 ―――例外、か
苛立ちや喧嘩から離れ、平穏と呼ぶにふさわしい日常に馴染んでしまっていたためにすっかり忘れてしまっていた。自分は化け物なんだ。標識をアスファルトから抜けるくらいの、自動販売機を引きはがして持ち上げられるくらいの力を持った。逆の意味もなんとなく想像したが、ありえない、望みは薄く感じられた。きっと仕事で仕方なく付き合っているんじゃないだろうか。
 ―――貰って、くれるかな
いや、きっと受け取りはするだろう。その後は知らないが。紙袋からわずかに見える紺色と白の不織布をぼんやりと眺めながら、静雄は目を閉じた。
 
 しかし時間になっても、臨也は来なかった。
 
 
 夜。
 昼の温かさが嘘のように寒くなった。世の中はクリスマスイブということもあって多くの人が行き交い華やいでいた。雪こそ降ってきてはいないが、空は晴れず雲がかかった鈍色で、お世辞にも澄んだ夜空とは言えなかった。
その下、大通りから大分外れた暗い道を、臨也は壁に支えられながら歩いていた。その息は荒い。走ったものとは違う、酸素を求めたものではなく痛みの捌け口を求めている呼吸だった。
「ぐっ……」
痛みに耐えきれず、臨也は地面に膝をついた。口に手を当ててせり上がってきたものを無理に出そうと咳き込むと、べたついた赤黒い血が手に吐き出された。
 ――― 内臓、やられたか
妙に冷静な思考で、怪我の具合を確認した。新羅に連絡を入れておいて正解だったな。そして壁に手をついて何とか立ち上がると、再度ふらふらと歩き始めた。
 今回の仕事は、ある組織を再度潰すこと。誰かに頼まれたわけでもなく自分の私怨であった。全く復讐というのはよくないものだと思った。往々にして、それは失敗するのがセオリーである。
 もともと一人で向かったこと自体が間違っていたのかもしれない。相手は素人ではないのだ。しかもそこらの人とは違い様々な危ないものも熟知している者たちも多い。危ない道は臨也も幾度となく渡ったが、人数と装備において分が悪かった。しかし協力を仰ぐ理由がない。あえて関与していると言えば静雄だ。手伝うと言ったが、こちらに引き込むわけにはいかなかった。だから断った。危険にさらしたくなくて、パソコンを叩いて嘘を吐いた。そうすれば何とかしておくことが、情報屋の自分がまさか私怨で死を覚悟しての単騎で乗り込みとは思いもしないだろう。そう、結局は私怨なのだ。実際この組織が復活することは無い。情報はすでにその道にリークしてあるし、公開に逮捕されるのも時間の問題だった。
 最初は問題なかった。陽が落ちたのを見計らってブレーカーを落とし、暗闇の中を駆ける。視界の不利は承知の上。建物の構造も把握していたし、体力も十分にあった。しかしその建物は彼らの武器で溢れている。ピンからキリまでの効能を持つ薬品に人体を裂くためのメス、注射に電動カッター等々。臨也も人間である以上傷や薬に長く耐えれる体ではない。襲撃を予想していたのか内部の人間は様々な薬品やメスを白衣に忍ばせていた。それは臨也の予想の範疇であったが、自分の最悪の被害までの予想はつかなかった。何とか建物を脱出した時には腹部は血に染まり、あばらを数本持っていかれ、脚には一本注射が突き立てられた。すぐに抜いたが、液量が減っていたことから体内に入ったことが分かった。
「いたぞっ!こっちだ!」
 ――― まずい!
臨也はナイフを出して威嚇した。そのナイフも彼らの血や脂が付着しており、到底斬れるものではなかった。それでも衝く分に問題は無い。
だが急に動いたのがまずかったようで、息が詰まり下を向いて咳き込んだ。
「げほっ、…か、は」
視界が霞んだ。相手が相手なため、恐らく切りつけてきた刃物に毒関連の何かが塗ってあったのだろう。逃げることを想定しての遅行性のようで、今になってその効果を表してきた。そう臨也は仮定したが。
「……?!」
急に膝が折れた。ナイフも手から滑り落ち、からんと音を立てて地面に転がった。毒にも痛みや苦しみを感じないものはあるが、これは違うとすぐに直感した。
 ――― しまった…!
それは足につけられたごく小さな刺し傷が原因だった。あの液だ。あれはこれだったのか。幸いにも、呼吸器系や循環器系に影響はなかった。完全に捕獲用の薬のようだ。毒でじわじわと殺されないのは結構だが、かえって臨也は動かない体にいら立ちが募った。
 ――― っそ……
立ち上がろうにも脚に完全に回ったようで、意識しても最初から神経が通っていなかったかのように、両足を動かすことができなかった。腕で上半身を支えることはできても、逃げる足がなければ動けなかった。向こうも向こうで自分に対し恨みがあったのは事実だった。
 ――― まずいな……
足音が近づいてくるのが分かった。それは勝利を確信したかのように遅く、確実に地面を踏んでいた。
確実に、殺される。
 ――― どうせなら、静雄君に会ってからにすればよかったかな……?
まさかここで静雄のことを思い出すとは思わなかった。しかも今日は家庭教師として静雄の家に行く日でもあった。遅刻どころか全くたどり着けそうにない。予定ではもっと早く片付くはずだった。死に際に思い出すなんてなかなかドラマチックだな。思わず苦笑いをし、そして覚悟を決めたように、臨也は目を閉じた。
その寸前、路地の入口に人影がよぎった。あぁ、きっと消されるだろうな、可愛そうに。
 もう掴まれてもいいはずの時間が過ぎたが、一向にアクションがない。むしろこちらに向かっていた男たちの足音が変わった。突然騒がしくなり始めたのを聞いて、臨也はゆっくりと目を開けた。
―――何だ?
すると、視界から男が消えていた。しかし影はある。
 
いや、宙を舞っていた。そしてその下には見覚えのある人物が腕を突き上げるように挙げていた。
 
「臨也!」
「……何で?」
 ――― 何で、ここに…
まさに聖夜の奇跡というべきか。臨也は思わず脱力し、地面に座り込んだ。男たちは皆突然現れた静雄の方に向かっていった。
臨也に近づこうとしていた静雄は行く手を阻まれ、そしてぼろぼろの状態の彼を視認して怒鳴った。
「邪魔すんな!」
近くにあった標識を握力で引き抜き、居合抜きのように横に振った。予期せぬ武器の登場に足を止めて回避を図ったがその前に薙ぎ飛ばされた。所詮は頭脳勝負の衆なので力に長けなおかつ策のきかない静雄はまさに悪敵だった。
「ははっ……」
目の前の一方的な闘いを見て、臨也は思わず笑ってしまった。
一瞬だった。一人に一分も掛かっていない。ボールを投げるがごとく人が飛んだ。バッドを振るがごとく標識が振られた。自分の苦労などまったく比にならない。むしろ清々しいばかりの格差だった。
―――本当、規格外……
不意に視界が歪んだ。動きすぎたつけがついに訪れたようだった。そのままふらりと地面に転がった。
 やがて嵐が去った後のような静寂が訪れた。男たちは皆去って行き、静雄と臨也だけが残った。臨也に背を向けて肩で息をしていた静雄だったが、怒りが収まり臨也の存在を思い出して慌てて振り返った。
「臨也、大丈……」
臨也は地面に倒れていた。前に見た時とは違う、異常なまでに不安を煽る姿だった。出血は大分治まっているようだったが、掴んだ手は冷えていた。冬の寒さもあるが、服に隠れていたはずの腕まで冷えていた。
「おい、臨也?」
すぐそばに膝をついて臨也の上半身を起こし顔を覗き込んだ。一瞬瞳は彷徨ったが、静雄の方を見て止まった。
「なんで、ここに?」
辛うじて臨也の意識はつながっていたが完全に静雄に頼っていた。尋ねたが声が小さすぎて静雄は聞こえていないようだった。
「早く病院に……」
ゆるりと手をあげ、臨也は静雄の襟元を引き寄せた。注意も引き、この距離であれば聞こえないこともない。
「自業自得というか、因果応報っていうか、でもまさに九死に一生かも知れない」
「は?」
僅かに聞こえる臨也の言葉に静雄は眉を顰めた。自分にというよりは、臨也自身に言い聞かせているようにも聞こえた。
「要は、全部俺が馬鹿をやった、ってことだよ」
臨也は静雄に付いた自分の血を見ながら、幾分出血の減った腹部に手を当てながら薄く笑った。
「これは、危ないかもね……」
痛みが度を越して感覚がおかしくなっていた。痛いというのはもはや知識の塊で、脳が意識の遮断を選択しようとしていた。
そこに馬の嘶きが響いた。思わず何事かと静雄は振り返った。
都市伝説がすぐそこに止まっていた。
 ―――首なしライダー?
バイクから降りるなり、速足に真っ直ぐこちらに向かってきた。敵か味方か分からず、静雄は臨也の身体を抱き寄せた。
「大丈夫……味方だよ」
臨也は静雄の腕を軽くつついた。
首なしライダーは膝を折ると、袖口からPDAを出した。
『お前、何やっているんだ』
「まぁ、そこは後で……とりあ…ず……」
新羅の所までよろしく。
そう続けたかったのだろうが、はっきりとその言葉が聞こえることは無く、臨也は目を閉じた。臨也、と声をかけたが返事はなかった。静雄は一瞬背筋が凍ったが、セルティは冷静に臨也の手首を掴んだ。弱いがしっかりと脈はある。
『大丈夫。気を失っただけだ』
それを見て静雄はほっとした。そして続いた一文に一つ頷くと、サイドカーに臨也を乗せて黒いバイクの後ろに跨った。

 
 次に目が覚めた時、臨也の目に入ってきたのは新羅の家の天井だった。
 ――― なーんか、前もこんなことあったなぁ……
あの時は自分の家だったけど。臨也は心中でごちた。
鎮痛剤は十分に効いているようだが、背中と脇腹の違和感はどうしても拭えなかった。そっと手を這わすと包帯が丁寧に巻かれていた。
「…ってて」
横を向き肘を支えに起き上がり、大きい枕を背もたれにして臨也は体勢を変えた。外に目を向ければ、あの晩のことがまるで夢であると思わせるくらいに、清々しい青空と街の景色が広がっていた。高層マンションの上部のため人間の姿までは見えないが、何もないよりは良かったかもしれない。
 背後で扉の開く音がした。顔だけそちらに動かすと新羅が入ってくるのが見えた。
「起きたみたいだね」
手には朝食と思わしきものを乗せたトレーがあった。新羅はそれを傍にあったテーブルに置き、ベッドの横に置かれた椅子に腰を下ろした。
「今何時?」
「朝の九時半。ついでに言えば君の記憶している日付から二日ほど進んでいるよ」
「二日も寝てたのか…」
そんな感覚は全くなかった。確かに言われればところどころ関節が動かしにくかった。
 新羅は新聞のある面を臨也に見せた。
「彼ら捕まったよ。いろいろヤバいものが見つかっちゃって、そのまま大検挙」
「そう」
「流したんだろう。あそこの情報」
やれやれと言わんばかりに新羅は両手をあげ、首を振った。どこまで危ない橋を渡るのか。
それを見て臨也は笑った。
「こういうことも予想しておかないと情報屋なんてやっていけないからね。かなりの時間を費やしたんだから。でもたまにはこういうのも悪くないと思っているよ」
「大怪我することがかい?」
「いや?恨みをかうのは当然なことだ。誘導してそのまま従ってくれる奴もいれば、今回みたいにざっくり来るやつもいる。はっきり言って今回は俺の完全な失敗だ。まぁ、何事もなくことが進むのは結構なことだと思うけどやっぱり刺激ってほしいよね」
果たしてそれは本心なのか怪我をしたことへの言い訳なのか。新羅はそれを聞き流しながら答えた。そして意味深い一言を口にした。
「君はそう思っていても、そう思わないやつもいることを忘れない方がいいよ」
嫌な予感が臨也の背を走った。まさか。いや、でも。
「……それはどういう」
「入ってきなよ」
すると、扉が控えめに開けられた。そして現れたのは。
「よぉ」
「!」
臨也は息をつめた。嫌な予感が当たってしまった。
静雄だった。今一番会いたいようで、一番会いたくなかった。
「じゃ、僕は向こうにいるから」
「おい、新」
引き留めるも空しく、臨也の手が届く前に新羅はぱっと身を翻して部屋を出て行った。代わりに静雄が今まで新羅がいた位置に立った。
「じゃあね」
ぱたんと扉は閉じられた。
静雄からはわずかに冷たい外気が感じられた。つい先ほど来たのだろう。コートを着て口元を隠すようにマフラーを巻き、手はポケットに入れられていた。肩には鞄と紙袋が掛かっていた。いったい自分は何度彼に会って驚かなければならないのか。臨也は頭を抱えたくなった。
「あー、静雄、君?」
「……」
返事はない。無言で見下ろしてくるままである。その眼は厳しい。鋭く、そして重い。いたたまれなくなり、臨也は少し後ずさりした。
「なんかすごく怒りのオーラが見えるなぁ、なんて」
あまりの重圧に耐えかねて軽い調子で言ってみれば、かえって気に障ったようで静雄の視線はさらに厳しいものに変化した。
「そりゃそうだろうな、俺は今キレそうなのを我慢してるからなぁ」
「俺の命無いね」
臨也は本気で顔が引きつった。静雄の怒りの表情は結構、いやかなり怖かった。そもそも長身で力が強いのだから、迫力があった。ところがその表情は溜息一つで一瞬にして消え去った。静雄は荷物を足元に下ろして、椅子に静かに座った。そして俯いたまま言った。
「本当、心配したんだからな」
「……ごめん」
その態度の急変についていけず、臨也は視線を泳がせて曖昧に返事を返した。しかしその返事に静雄は不満だったようで、すぐに切り返した。
「謝ってすむか。時間になってもお前来ないし、電話かけてもでねぇし、嫌な予感がして街ん中また走り回って、俺が通らなかったらお前、死んでたんだぞ」
「うん、本当あの瞬間は聖夜の奇跡とやらを本気で信じたよ」
あの状況で静雄が現れるなどまったく考えようもなかった。決死とまではいかないが、ある程度の重傷は覚悟の上だった。メスで切られ薬を打たれ拳を受けた。一般人としては重傷だ。
――― パソコン叩いたから、引き下がったってのに
俯き、静雄は膝の上で拳を握った。やはり無理を言えばよかった。そんな考えが頭の中を巡った。このどうしようもない感情を今言わないでいつ言うべきか。静雄は小さく息を吸った。
「……怪我したお前を見た時どうしようもなく焦った。何もできない自分が悔しかった。このまま目を覚まさないんじゃないかって不安だった。あの時見つけられなかったらって思うと今でも怖くなるんだよ。自覚があるかって言われたらまだ自分でもよく分からないしこれがそうなのかもわからないけど、俺は臨也がっ」
だんだんと速くか細くなっていく静雄の言葉に臨也は目を見開いた。しかし、その先はなかった。静雄は小さく笑った。
「って、例外の奴なんかに言われたって、「それって前に俺が言ったことに対する返事と捉えてもいいってこと?」……は?」
返事?返事ってなんだ?静雄は目を丸くして臨也を見た。
「俺は、例外なんだろ?」
「そうだよ」
「返事、って」
何が何だかわからないといった様子の静雄を見て臨也は苦笑した。
「多分、俺の例外って言葉の意味は静雄君が思ってるのと真逆だと思うよ」
「は……ッ?!」
臨也の意図に気付き、静雄の頬は紅潮した。あの時考えた、ありえないと思っていた以上のことが今目の前で起きている。
「うん、俺も馬鹿だった」
可能性を狙って、敢えて誤解を招くような言い方をしたのかもしれない。臨也は静雄の頬に手を伸ばした。そろりとなぞると、静雄は目を伏せた。
 臨也は一音一音、丁寧に発音した。
「好きだよ、君が」
「……俺は」
言葉が終わる前に、臨也はそのまま手を首の後ろに回して手前に引いた。そのまま静雄の顔は臨也の方に動き、触れるか触れないかの至近距離で止まった。目を開くと、真っ直ぐな視線が自分に向いていた。最初に感じたような違和感は何もない。これは嘘じゃない。
「断るなんて許さないよ」
「……横暴、だな」
静雄は臨也の手を取ると緩く握り、そのまま肩口に顔をうずめた。薬品臭い中に、あの時消えかけていた臨也の匂いがちゃんとあった。そしてそのまま臨也は後ろに倒された。
「静雄君、俺結構重傷なんだけど」
「るせぇ、黙ってろ」
背中や腹が悲鳴を上げるが、鎮痛剤のおかげで耐えれないものではなかった。それ以上に優先すべきものが今自分の腕の中にあるのだ。肩から感じられる温かさを、臨也はあえて追求しなかった。
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日本の真ん中あたりの都市に住処有。最近有名になった大学に在学。ドイツ語専攻中。ゲームは日常の栄養剤。小説書くのは妄想を形に(笑)本自体が好きという説明しがたく理解されにくいものを持っている。横文字は間違える。漢字は得意な方。英語は読み聞きはいいが話せない。他は自己紹介からどうぞ。
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