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日常/感想/二次創作小説※重要。小説へはカテゴリーの一覧から飛んでください。取扱CPはDRRR:臨静臨/APH:東西&味覚音痴/異説:78中心天気組/黒バス:赤降赤/VGユニット:騎士団航空海軍他。DRRRは情報屋左推奨中。TV小説漫画DVD所有。APHは東西LOVE独語専攻中。漫画全巻CD原作柄所持TV二期迄。異説はもう天気組愛。原作は7のみ。コンピ把握。81012は動画攻略wiki勉強。究極本厨。赤降気味でリバOK。VG擬人化フレイム・サンダー辺りとか。コメント・誤字指摘歓迎します!!転載とかはご遠慮願います。
No.
2024/04/25 (Thu) 05:01:19

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No.177
2012/03/15 (Thu) 15:04:51

ひっさしぶりな更新……更新?
イザシズ書き出したらもっかい嵌りそう…ちょっと見直してこよう

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No.167
2012/01/07 (Sat) 22:42:54

家庭教師臨也×高校生静雄のパラレル話です。
もともとはコピー本収録用に書いたけれど、パラレルが苦手な人もいるからと思い下げたけれどもったいなくて転用。初の長編完結チャレンジ!



 高校三年生。進学を考える誰もが大学受験という大きな壁にぶつかってしまうこの時期に、平和島静雄は母親の薦めもあって、春から家庭教師にお世話になることになった。と言っても、静雄は、実のところ、それほど頭は悪くない。むしろ良いといってもいい方である。なぜなら、彼は口下手であるがゆえ友人がなかなか作れず、部活にも入らず、休み時間や自宅にいる時間の大半を勉強に回していたからだ。おかげでクラス順位が下位を争うようなことはなかったし、学年順位も常に上位にいた。本当のところ家庭教師など頼まなくても勉強できるだけの器量を持ち合わせていたが、それでも従事したのは、ひとえに母親を安心させるためでもあった。

 静雄は確かに学力面では問題はない。問題なのは学生としての生活の方にあった。
 金髪というだけで、人より少し強い力を持っているというだけで、その目つきだけで、学内はおろか学外からも不良たちの根も葉もない因縁に付き合わされてきた。また、それをことごとく力でねじ伏せてきたことで、彼らと同等の『不良』というレッテルを貼られてしまっていたのである。そう見られることよりも静雄にとって辛かったのは、そのせいで周りの人々が遠ざかっていったことの方であった。
 そして今日は、静雄を担当する物好きな(静雄視点)家庭教師が初めて家に来る日であった。静雄は物の少ない自室をとりあえず掃除して体裁を整え、椅子を余分に一つ置き、時間内に終わらせようと考えている勉強道具を机の上に用意して待つこと数分。家のインターホンが鳴った。インターホン越しの母親の応答から、来たのがその家庭教師だと分かり、静雄は少し緊張した。
 部屋と廊下を隔てる壁一枚向こうで音が聞こえた。言葉という形は持っておらずとも、その低いトーンから少なくとも家庭教師が男であることが分かった。そして次第に足音が近づき、それは静雄の部屋のドアの前で止まった。二度ほどノックされたので、「どうぞ」と静雄は言った。
 ドアが開いた。
「こんにちは」
入ってきたのは二十代の若い男だった。秀麗な顔に人の良さそうな笑顔を浮かべていた。これが女子ならば、普通の一般の男子なら、なにも思わない。ただのかっこいい家庭教師。それですまされただろう。
「…うも」
しかし静雄は違った。散々不良たちとかかわってきたためか、他人の態度、感情、考えを読むのが得意になっていた。今もその思考が働いているが、彼の笑顔に安心どころか、恐怖に似た不安のようなものを感じた。この男と三時間を週三日、一年間過ごさなくてはいけないのかと思うと、背筋が寒くなった。
 青年は静雄が用意しておいた椅子に座った。その動作さえも、どこか洗練されたように見えるのはきっと生まれがよいのだろうと静雄は思った。
「まず自己紹介からかな」
青年は提げていた鞄からノートを一冊取り出した。それをぱらぱらとめくり『平和島静雄』と達筆な字で書いてあるページを開いた。そしてブランド名が焼き押しされた革のペンケースからどこにでも売っているボールペンを一本取り出した。
「一方的に話すだけじゃつまらないから、お互いに質問形式にしてもいい?」
俺も君のこと知りたいから。
その提案に静雄は賛成した。ルーズリーフを一枚用意し、ボールペンを持った。しかし青年の名前を書こうとして手が止まった。家庭教師を頼んだとは聞いたが、肝心の名前を、静雄は母親から聞きそびれてしまっていた。
「俺は、オリハライザヤ」
そう言われ、静雄は手を動かした。姓は書けたが、名前の漢字が分からなかった。当て字であることは予想できたのだが、『イザヤ』と当てられる字がない。イザヤと言えば、あの聖書に出てくる預言者のことが頭に浮かんだが、特に宗教に興味もなければ彼が何をしたかも知らなかったので、聖書にいる人物で考えは終わった。
「…名前は」
「面するって意味の臨むに、なりって読む也を書くよ」
青年、折原臨也はボールペンで宙に文字を書いた。それをまねて紙に書き、静雄は改めて名前を見る。
 
『折原臨也』
 
変わった名前だなあと思った。
「じゃ、質問に入ろうか」
臨也は椅子を回して静雄の方を向いた。それにならって静雄も身体を向け、少し姿勢をただした。
「まずは俺から。志望大学は?」
「…特にないです」
「そう?」
『特になし』と、読みやすい字で書かれた。将来何がしたいかとか、何を学びたいとか、静雄は全く考えを持っていなかった。ただ漠然と大学進学の道を選んでいた。大学と聞いてふと気になったのは。
「折原さんはどこを卒業したんですか?」
静雄も問いかけた。広告などではよく書かれているが、件の如く、静雄は何も知らない。
「T大、って言えたらカッコイイだろうけど、まあそこそこいい大学は出たよ」
明確な答えが返ってくると思っていた静雄は少し止まった。結局どこの大学なのか。そこを尋ねたかったのだが別に詮索する気はなかった。静雄は臨也が話した通り、『中堅大学卒業』と書いた。
「苦手な教科は?」
「特にないです」
静雄は即答した。どの教科にも一長一短があるので好きな教科も嫌いな教科もなかった。強いて言えば音楽と美術が苦手だったが、芸術系の大学に行く気はないので問題はないだろう、と静雄は思った。
「すごいね、オールマイティだなんて」
俺には到底できなかったよ、と両手を広げて大げさに臨也は言った。
「あったんですか?嫌いな教科」
そう尋ねると、臨也は大きく頷いた。意外だった。
「文系の科目とかあんまり好きじゃなかったなぁ。日本史とかどうして過ぎ去った時代とか日本社会の失敗を学ばなくちゃいけないんだろうって。今だに繰り返したりしているんだから無駄じゃないとか思わない?」
日本史から始まった臨也の苦手論、と言うよりもその教科に対する不満を、現代文古文漢文世界史など多岐にわたって静雄は聞くことになった。その内容は静雄も納得できる部分もあれば、そんなことと言うような些細なことまで様々だった。しかし文系科目の中で唯一倫理は好きだったようで、帰納法やイデア論は楽しかったと臨也は言った。
「あ、でもちゃんと文系の質問も受け付けるから大丈夫だよ」
多分この人に『できない』科目はなかったのだろう。静雄は頷くと同時に、そう思った。
その後も趣味や特技、好きなもの嫌いなものその他について質問しあった。途中好きな人はいるのかと個人的な質問を聞かれたが、その質問に答える必要性を感じなかった静雄は、答えなかった。
「さて、質問はこれくらいにして、勉強しようか」
「はい」
静雄は臨也について書き留めたメモを見返した。
 
『 折原臨也
中堅大学卒業。文系科目が嫌い。(できないわけじゃない)二十三歳。
好き 自分の気に入った物すべて
嫌い 自分の気に入らないものすべて
資格 英検一級、漢検準一級、数検準一級、第一種高等教育教員免許(英語、地歴、数学)他
趣味 人間観察、勉強
特技 パルクール、ロシア語         』
 
 資格が多いのは臨也曰く暇だったからだそうだ。教員免許はたまたま大学の課程で取れるということで取得した。他にもロシア語検定などあまり知られていないものも持っていた。特技のパルクールは何なのかと尋ねれば、必要に迫られて習得しただけで特に意味はないよと臨也は答えた。静雄はその必要に迫られてというところが聞きたかった。何故壁などの障害物をよじ登るマイナーな競技を身につける必要があったのかと。そもそもこのメモを見て、折原臨也の何が分かるのか。何も分からない。これをやる必要はなかったのではないかと、静雄は思った。
「あ、あと俺のこと名前で呼んでくれてかまわないよ」
『折原さん』なんて呼ばれるのは気持ち悪いから。そう言われたが、静雄は呼び方を変えなかった。
「先生ですから」
「真面目だね」
臨也はくすくすと笑い、ボールペンをノートに挟んで膝の上に置いた。
「今日は何をやる予定?」
「数学です」
静雄は学校の指定で買った問題集と専用に用意したノートを準備した。
「分からないところがあったらいつでも言ってね」
その言葉に静雄は一つ頷いて、問題に取り掛かった。
 
 
 勉強中は気持ち悪いくらいに静かで、壁にかけていた時計の秒針の音が大きく聞こえた。静雄はいつも音楽を流しながら一人で勉強をしていたため、『折原臨也』という他人がいる状況は慣れないものだった。
問題集を進めいていく中で、静雄は幾つか解けない問題にぶつかった。いつでも、とは言われたがどのタイミングで聞けばいいのか悩んでいると、臨也の方がその様子に気がついて声をかけた。
「どこか躓いた?」
「…この問題が」
静雄は問題を指した。臨也は椅子から立ちあがり、静雄に近づいた。そして問題を見て三秒。
「…あぁ、これはね」
臨也は静雄の手からシャープペンをとり、書きかけの解答の横に綺麗な字で考え方を澱みなく書いていった。
「!」
臨也が問題をさらっと解いてしまったことよりも、背後から被さるように問題をのぞきこんできたことの方に、静雄は驚いていた。
――― …近い
ちらりと視線を横に移せば、臨也の整った顔が近くにあった。色が白いとか睫毛が長いとか香水の匂いがするとか色々気になったが、一番静雄の気を引いたのは赤い虹彩だった。滅多にこんな色の人はいないだろう。黒に近い赤色で、何か惹かれるものがあった。
「そんなに見つめられると恥ずかしいなぁ」
そう話しかけられ、ふと我に返った静雄はいつの間にか臨也と至近距離で顔を合わせていたことに気づき、あわてて上体を後ろに反らした。
「えっ!あ、すみません」
「別に気にしてないよ」
そう言って笑う臨也を見て、静雄は羞恥で顔を赤くした。警戒しようとしていたはずなのに、いつの間にか自分の方から近づいてしまっていた。そのことに気がついた静雄は両手で頬を軽く叩き自身を戒め、そして気を取り直した。一方一通りの説明を書き終えた臨也はまた椅子に座り、ノートに記録を取り始めた。
 静雄はノートに書かれた考え方を読んだ。静雄が躓いた問題は、確立漸化式とよばれる問題の類だった。臨也の書いた解説と図は理解しやすく、綺麗にまとまっていた。
 ――― 中堅大学とか、嘘だろ…
静雄は肩越しに、疑わしい目で臨也の方を見た。しかし目が合い、さっと、手元に視線を戻した。


 
――― 可愛いなぁ
気を取り直そうとしている静雄の様子を見て、臨也は思った。その後目が合ったが、すぐに逸らされてしまった。
 実のところ、臨也の本職は家庭教師ではない。『情報屋』という有形無実の仕事の方が本職であった。家庭教師をやっているのは自分の教養を保つための手段にすぎなかった。静雄を選んだのは、実は臨也を指名してきた人数の多さから抽選となり、適当に書類を引っこ抜いた結果静雄が当たったという偶然の機会であった。いつもどういう運命か女子生徒ばかりを見ていた臨也にとって平和島静雄という男子生徒はひどく新鮮に目に映った。自分を選んだ平和島静雄とは一体どういう男なのか。そんな興味が頭に浮かんでいた。
 『平和島静雄』に関する情報は驚くほど速く、大量に、詳細に集まった。しかし、どれも似たような内容であった。『池袋最強』『自動喧嘩人形』等々、挙句『化け物』。いったいどんな巨体の持ち主なのか。はたまた不良なのか。正直面倒見るの嫌だなあと思っていた矢先、実際見てどうだろうか。臨也にしてみれば不良どころかただの純粋すぎる男子高校生にしか見えなかった。金髪というのは年齢もあるだろう。顔もその辺のアイドルの顔より綺麗で、喧嘩をしてばかりいるという割に怪我の跡ひとつ無ければ、言葉遣いや性格、態度にも問題がなかった。確か弟が俳優だったかなと臨也は一言付け加えておいた。とにかく自分の描いた人物像は間違いも甚だしい馬鹿げた偶像となった。だが人は見かけで判断できないということは、もはや情報屋という仕事の中では常であった。こんな細い体格をしていても、そこらの不良など本当に一蹴してしまうのではないかと疑ってしまう。


 
 再び勉強に集中し始めた静雄の背中を見ながら、臨也は勉強とかけ離れた別のことを考えていた。色白の肌、鎖骨の浮き出た首元、細い腰。臨也と同じような黒いVネックのシャツを着ているため肌の白さが余計に目立ち、臨也を危険極まりない思考に押しやる。これだけ容姿が良いのだから女の一人や二人いるのかと思えばどうやらそうではないらしいことが分かった。質問にこそ答えなかったが、明らかに付き合ったことはおろか、世間話をしたこともそうないことが見て取れた。彼は面白いのだろうか。臨也は考える。そういった趣味を持ち合わせているのかと問われれば臨也は否と答えるが、自分が気に入ったものを愛でるのは当然のことであり、臨也のものはそれが人の、同性にも当てはまるというだけのことである。しかしそれは少し、いやかなりねじ曲がった、そういった趣味に近い愛で方であるが。
 ――― あぁ、平和島静雄というこの青年を!
そう心のうちで叫んだ瞬間、静雄が臨也を振り返った。
「何か言ったか?」
「ん?何も言ってないよ」
「そうか」
何か納得できていない表情のまま、静雄は視線をノートに戻した。
心の中で叫ぶ分には罪にはならない。成年という壁は意外にも高いものであった。臨也は一人思った。


 
 三時間が経ち、臨也は筆記用具やノートなどを鞄の中にしまった。静雄の方もきりがついたので、問題集とノートを閉じ、机の隅にまとめた。
「あと聞いておきたかった問題はあった?」
「大丈夫です。ありがとうございました」
そう言って頭を少し下げた静雄を見て、臨也は苦笑した。
「そんなに感謝されるほど教えてないよ。質問だって結局あれだけだったし、何で家庭教師なんて取ったのかなってこっちが疑問に思うくらいだったよ」
これは臨也の正直な感想だった。静雄は臨也が今まで見てきた生徒(と言っても女子ばかりなのだが)の中で一番頭がよかった。複雑な計算式も丁寧に且つ結構な速さで解くうえ、二次試験を想定した解答の書き方も定着していた。そんな彼がどうして家庭教師を取ったのかは疑問で仕方がなかった。
「…別に俺が取りたくて取ったわけじゃなくて、母さんが」
「そうなんだ」
――― なるほど。喧嘩ばかりしている子どもに対する自己満足か。案外信用されてないようだね。これはもしかしたら利用できるかもしれない。時間はきっとかかるだろうから。
臨也は相槌を打ちながら、別のことに考え耽った。
「……」
静雄は無言で、その様子を見ていた。今、彼はよからぬことをきっと考えているだろう、そうに違いない。そんな確信があった。しかし、それを止める権利も知る権利も静雄は持っていない。実行に移されて目に見える形でなければ何もできない。
「玄関まで送ります」
「あぁ、ありがとう」
今静雄が出来るのは、臨也をこの部屋から立ち去らせることだけだった。
No.166
2012/01/07 (Sat) 22:42:07

第二話です。ケンカ売られなくなる理由が欲しくて。


 その日、静雄はいつもより早めに家を出た。特に理由はなかった。なんとなく早くに目が覚め、そのままいつものように朝食をとり、顔を洗い歯を磨き、制服に着替え、授業の用意を鞄に詰めなおし、家を出た。弟は家に帰らず次の映画の撮影のために北海道に飛び、母親は昨日遅く帰ってきたため、まだベッドの中だった。父親は単身赴任中のため家にいない。静かなままの家を出るのは久しぶりだった。
 早く出ればその分登校に時間もかけることができたので、静雄はいつもと違う道で学校に行くことにした。

 
 副都心である池袋には、朝から大勢の人が流れていた。しかしいつもの時間よりは少なかった。静雄はふらふらと人の間を縫って、まだ開いていない店の前で並ぶ大人を横目に見て、モーニングで賑わう喫茶店や人が来なくて暇そうな店員がレジに立っているコンビニの前を過ぎ、公園を抜けて広い通りを進んだ。
 その通りは区役所に面し、それなりに人通りはあった。それでも、60階通りに比べたらずいぶん減っている。歩いているのは殆どが会社員で、学生もちらほらいるが、来良学園の生徒は一人も見当たらなかった。
 別の道を通って行こうかなと考えていたところで、ふと、声が入ってきた。すぐ近くから聞こえたのであたりをぐるりと見回すと、数歩先の角の奥からだと分かった。見向きもしないで通り過ぎればよかったのだが、言葉にならない音の中唯一はっきりと聞き取れた名詞に、静雄は足を止めた。
 ――― 『情報屋』?
初めて聞く職業ではないが、実物に出会うのは初めてだった。半ば興味本位で静雄は建物の陰から、こっそりと路地裏を覗いた。
 すると、作業着のような服を着た大柄の男二人と、フードを被った男がいた。小声で何かを喋っていたが、内容は全く聞き取れなかった。何か焦っている男二人の方に比べ、フードの男の方は余裕そうだった。こちらが情報屋だろうと静雄は思った。すると、フードの男が喋った。やはり何を言っているかは聞こえない。聞こえるのは僅かな声のみだった。たった一、二言のようだったが、何か男たちに対して有益なことを言ったのだろう。男たちの様子から焦りが消えた。そして彼らはフードの男に対し、紙幣を4、5枚ほど出して金を払った。
 ――― えっ?!
情報屋はただ喋っただけでお金を稼げるのか、と静雄は驚いた。しかも出した紙幣のほとんどに福沢諭吉がいた。フードの男はそれを受け取ると、ポケットから四つ折りにされた小さな紙を男たちに渡した。その紙を乱暴につかみ取ると、男たちは大通りの方に歩き始めた。静雄はあわてて顔を引っ込め、その場にあったガラスのショーウィンドウを鏡にして髪をいじる学生になり済ました。といってもその大通りにほとんど人はおらず、かえって学生服の姿は目立ってしまっていた。幸い、男たちは静雄に気がつくことなく反対側へと歩き去っていった。
 男たちの姿が完全に見えなくなったところで、静雄は再度路地裏を覗いた。
 ――― あれ?
そこには誰もいなかった。
「何で、いないんだ?」
この路地裏に他に抜けられる道はなく、そこから出るには静雄側に来るか、可能性は低いが壁を登って上に行くしかなかった。フード付きの男は一体どのようにしてこの場を去ったのか。気になったが、学校に行くという最優先事項があったため、静雄は探すことを諦め、学校に向かうことにした。


 
 静雄が隠れていたビルの屋上、そこに、“フードの男”は立っていた。その視線は学校へ向かおうと歩き始めた静雄をとらえていた。
「危なかったぁ」
屋上を吹き抜けた一筋の風が、男のフードを取った。
「これがなかったらまずかったなぁ」
黒く短い髪に、秀麗な顔つき、そして、赤い目。男の正体は折原臨也だった。
彼は作業着の男たちが去った後、壁の表面を這っていたむき出しのパイプや室外機に手を脚を掛けて壁を登り、屋上まで逃げたのだった。
「まさか、シズちゃんに出くわすとは」
臨也は、静雄が陰から見ていることに気づいていた。たまたま自分が通りの方を見ることができた位置にいたので、建物の陰から現れた金髪の学生を見ることができた。フードはもともと日が出ていたので他の人から顔を隠すために被っていたが、それが功を奏した。おかげで顔を見られることなく彼は去っていき、男たちからも金を取ることができた。
 ビルの反対側を見下ろせば、先程の作業着の男たちが黒いワゴン車に乗り込む様子が見えた。エンジンがかかり、車はそのまま路地を抜け、教えてやった目的地の方に走っていった。
「あとは君達次第だよ、   」
そう言って、臨也はビルから飛び降りた。


 
 静雄は学校に、始業三十分前についた。生徒はまばらかと思いきや、朝から学校が開放している図書館や自習室を使って受験勉強を進める殊勝な同級生が結構いた。教室も例外でなく、昨日に帰りにでも約束したのだろう、ある女子生徒のグループ五人が机を合わせて勉強していた。静雄が教室に入ると、彼女たちの視線が一斉に向いた。しかし朝のあいさつを交わすことは無く、彼女たちはそのまま手元の参考書に視線を戻し、互いに相談しながら問題に取り組み始めた。
 静雄も自分の席に着いて、先日臨也に解説を書いてもらった紙をもとに、もう一度問題を解くことにした。数学の、国公立大学にしばしば出題される、確立を数列で表す応用問題であった。参考書を開き、解説の紙を開いたとき、知らぬ間に挟まっていた小さな紙が落ちた。拾って見ると、小さな紙にはメールアドレスと、『割に合わないから質問があったらいつでも』というメッセージが書いてあった。
「……」
静雄はしばしそれを眺め、やがてペンケースの内ポケットに仕舞った。きっと使うことは無い。シャープペンを手に取り、静雄は解答を書き始めた。


 
 次に静雄が我に返ったのは、新羅に呼ばれてのことだった。
「おはよう、静雄」
「……おう」
集中していたのか寝てしまっていたのか、自分では全く分からなかった。ノートを見ると、読める字で書かれた解答の横に、何が書きたかったのか分からないねじ曲がった記号が幾つも書かれていた。
 ――― 寝ちまってたのか
新羅の方を見れば、今来たところなのか、鞄の中の授業の用意を机の中にしまっていた。次いで時計の方を見ると、後十分で始業のチャイムが鳴るところだった。まだ少し眠かったので、静雄は机の上を片付け、机に突っ伏した。


 
 街に人があふれ始めた頃、臨也はまだ池袋にいた。人の多い広い道ではなく、入り組んだ裏道を、体を伸ばしながら歩いていた。
「さて、あとは粟楠会の所に行って終わりかぁ」
さらに欠伸を一つして、上着のポケットに手を入れ、粟楠会に行ったあとは朝食だ。適当な喫茶店で食べようかな、それともサンシャインの中で探そうかな、と考えていたところ、深緑色のニット帽をかぶった男が自販機の前に立っていた。
「あれは…」
相手は臨也に気がついていないようだった。臨也は口元に笑みを浮かべ、そっと背後に立ち、その肩を思いっきり叩いてやった。
「おはよう、ドタチン!」
「うおぁっ?!」
男は驚き、まさに開けようとしていた缶コーヒーを足の上に落としかけた。幸いすぐに宙に放ってしまった缶を素早く掴み取り、足に被害は及ばなかった。
「臨也……」
高校時代からの友人、門田京平だった。彼は振り返り、自分を驚かせた人物が臨也であることを視認するなり、溜息をついた。
「吃驚しただろう?」
「当然だ。というか、何度も言うがその呼び方は止めてくれ」
「べつにいいじゃない」
全く悪びれる様子もなく、臨也は自販機の前に立って、コーラを一本買った。
「珍しいね、一人だなんて。仕事の帰りかい?」
しかし缶を開けることなく、臨也は門田の横に移動し、背後のフェンスに少し体重をかけた。
「まぁな、昨日は遅かったからあいつらには先に帰ってもらったんだ」
門田からは真新しい溶剤の臭いがした。袖口やズボンの裾に薄汚れた白い斑点が幾つもついていた。夜中の左官仕事からの帰りなのだろう。門田の顔はどこか眠たそうだった。
「そういえば、臨也」
「ん?」
門田は飲み終わったコーヒーの缶をゴミ箱に入れ、臨也の方を向いた。
「この間運び屋から聞いたが、お前まだ家庭教師やってんのか?」
「あぁ。高校生なら話も合わせやすいし、何より嘘か真か分からない面白い情報が流れてくる」
「そういうところは相変わらずだな。今度もまた早々に飽きるんだろ」
かわいそうに。門田は臨也を指名した生徒のことを思った。それを見て、臨也はそうじゃないと笑った。
「今回はちょっと違ってね」
「違う?」
門田は首をかしげた。一方で、臨也はコーラの缶を片手で弄びながら楽しそうに話し始めた。
「すごくできる子なのに親の自己満足で受けているらしい。いや、受けさせられているかな。あぁ、ちなみにその子、男だよ。髪の毛を金色に染めていてさ。不良かと思えばただの口下手で妙なところで礼儀正しいというか固いんだ。人並み外れた馬鹿力を持った化け物だけど、本人の体格見てもそんな感じはまったく無い。むしろ現代の若者って感じがする」
つらつらと澱みなく続く臨也の話を聞いて、門田は一人の高校生が思い当たった。直接話したことはないが何度か見かけたことがある。何度か彼の喧嘩にも直面したことがある。
「まさかとは思うが、そいつの名前って平和島静雄じゃないか?」
門田のいった名前に、臨也は少し目を見開いた。
「何だ、知ってるんだ。残念。俺よりも先にあんな人とは何かが違う面白い魅力を持った奴に先に出会っていたなんて。俺に教えてくれたって良かったじゃないか。まぁ、でも家庭教師っていう便利な立場にいて彼に出会えたからいいか。彼を見てさ、初めて心の底から欲しいって思ったよ。世の中にはまだ俺の知らない、人間という種族以外に俺が気に入るものがまだまだ存在するんだね。」
「……臨也」
だんだんと臨也の話に違和感を感じてきた門田は、名前を呼ぶことでその話を止めた。
「何?」
「お前、今自分が」
「ドッタチーン!」
門田が、思ったことを口にしようとしたところに、女性の自分を呼ぶ声が入ってきた。その元の方を振り返ると、白いワゴン車がこちらに向かって走ってきており、後部座席の窓から身を乗り出すという危険極まりない体勢で大きく手を振る人が見えた。
「……狩沢」
「お迎えのようだね」
ワゴンは少し離れたところで停車した。
「じゃあな臨也」
「うん、またね」
門田が乗り込んで、首都高沿いに走り去っていったワゴンを見送って、臨也は携帯を開いた。表示された時刻は粟楠会との約束の時間に迫っていた。
 ――― これは急がないと
そう思って走り出そうとしたところ、見知らぬ人物に声を掛けられた。
「おい、兄ちゃん」
そしてすぐに周りを囲まれた。十代後半から二十代前半の八人の男の集まりだった。皆同じような上着を着ており、カラーギャングの一つのようだった。
「何か用かな?」
「さっき平和島静雄つったか?」
さっき、ということはずっと彼らは立ち聞きをしていたようだった。
 ――― 趣味が悪いなぁ
心中で臨也は一つ舌打ちをした。彼らに対してもあるが、彼らに気づかなかった自分に対して、も含まれていた。
「ソイツについてちょっと話が聞きたいからさ、一緒に来てよ」
「えー、それは困るなぁ」
両手を軽く上げ、臨也は大げさに困った、という感情を示した。しかし表情は笑っており、片手に持っていたコーラの缶のプルタブに親指を引っ掛けた。
彼らの羽織る上着に、臨也は見覚えがあった。それは以前見た、誰かが隠れて撮影した静雄の喧嘩の様子を撮影した動画の中で投げ飛ばされていた男たちが着ていたものと同一であった。確かにあそこまで理不尽に、たった一人を相手に大敗を喫すれば、その無駄に高いプライドから報復もしたくなるだろう。しかしそんなものは臨也にとってどうでも良いことで、彼らが報復しようが知ったことではない。ただ、そのたかが報復のために自分が気に入った平和島静雄という人物を利用価値のなさそうな集団に売るのは出来ない相談だった。
「俺はこの後、粟楠会に行かなくちゃいけなくてさぁ」
「粟楠会?」
臨也と対峙していた集団は相当世の中を知らない集まりのようだった。皆初めて聞く、池袋の裏を支配する一大勢力の名前に顔を見合わせた。そして彼らの背後にいる人物たちを見て、臨也は手を下ろし、苦笑した。
「そう。今君たちの後ろにいるこわーい人たちの所」
そう言って背後を見るよう促せば、スーツを着た大人が四、五人ほど立っていた。人数でいえば若者たちの方が上だったが、経験の差、彼らの持つ重く危険な空気にしてやられ、若者たちは為す術もなく、走り去っていった。
「怖いだなんて折原さん、人聞きの悪い」
「いや、事実でしょう。四木さん」
臨也は中央に立っていた白いスーツの男に向けて言った。
「ところで、どうしてこちらに?」
「私達も、たまには出歩かないと鈍りますからね」
――― 鈍るどころか、溜まったものを発散しているようにも見えましたけど
それを言葉には出さず、臨也は「そうですか」と相槌を打った。
「では、事務所の方に行きましょうか」
周りの男たちに合図をし、四木は歩き始めた。
「あぁそうだ、四木さん」
呼びかけられて振り返った彼に対し、臨也は笑顔で話しかけた。
「ちょっとお願いがあるんですよ」


 
 授業後、静雄はハンズの中にいた。話は簡単。帰ろうとしていたところを岸谷新羅に捕まり、そのままずるずると引きずられて連れてこられたのであった。そして静雄と新羅がいるのはキッチン用品が集まったフロアである。機能性を重視したシンプルな鍋から、デザイン性を重視した変形フライパンまで、様々なものが集まっていた。ここに来た理由を聞けば「愛しのセルティが俺のために料理をしてくれると言うから一式揃えたいんだ」というなんとも甘い理由とのことだった。どれにしようかなと並べられた品物を物色している新羅の横で、静雄は腕を組んで立っていた。彼の醸す暗い空気のせいで、近くに客は誰もいなかった。
「で、それと俺がここに連れてこられたことに何の理由があるんだ」
「男一人じゃ恥ずかしかったから」
「帰る」
「ちょ、ちょっと待ってって」
どうでもいい、どうでもいい。静雄は新羅に背を向け、下りエスカレーターの方に向かおうとした。しかし腕を掴まれ、仕方なく足を止めた。
「ごめんさっきのは冗談。静雄って料理出来るでしょ」
「…何で知ってんだよ」
それは事実であり、よくある家庭環境事情の結果であった。しかし誰にも言った覚えはないし、家族以外の誰かに料理を振る舞った覚えもない。なぜこいつが知っているのか。じと、と静雄は新羅を睨んだ。けれど、それに慄くことなく新羅はあっさりと情報源を言った。
「幽君のインタビューに載ってたんだ。『兄の料理が時々食べたくなります』って」
「……」
「だから、参考になるかなーって」
「……どーでもいいだろ、道具なんて」
それが静雄の答えだった。別段道具に拘るようなことも無かった。だがその答えは新羅の気に入る答えで無いのは当然のことであった。
「そんなことないよ!可愛いものを持っていた方がいいじゃないか」
新羅に妙な啖呵を切られ、静雄は大きく溜息をついた。
「好きにすりゃあ良いじゃねーか」
「よし、じゃあこれとこれと…」
「ってちょっと待て。同じようなもの二つも買うな。用途考えろ」


 
帰り、新羅が持つ袋の中には、フライパンからゆで卵切り機まで、さまざまな料理器具一式が詰め込まれていた。静雄がいたからこそ大袋一つで済んだのだが、もし何も言う人物がいなければ、この三倍四倍近く、新羅は買っていたことだろう。主に『これ持ってたら可愛いよね』というかなり軽い理由で。そして会計を済ませたときに、奇妙なものを見る目で店員が一瞬自分と新羅を見たことに、静雄は気がついていた。
 ――― あり得ない
はぁ、と溜息をつけば、「どうしたんだい?」と新羅が顔を覗きこんできた。確かに新羅は自分より背が低いし声も高めで、顔も童顔だ。対して自分は全く反対で、それだけでああいう風に見られるのは迷惑だった。かといって新羅に責任はない。そのように見たあの店員の思考が悪い。静雄は近くにあったガードレールを軽く蹴飛ばすことでその怒りを発散させた。
「何でもねぇよ」
「……そう」
無残にも曲ったガードレールを、新羅は見なかったことにした。軽く蹴とばしていたようだが、蹴りを受けたガードレールは大きく歪み、急な放物線を描いていた。
60階通りを池袋駅方面に下っていく中料理のことを考えたとき、静雄はふと、臨也は何を食べているのだろうかと疑問に思った。大抵ああいう系統の人は外で買って家で食べていそうだが、案外自炊しているのではないか、と考えた。けれど高級レストランも普通に通っていそうで、益々分からなくなっていった。
「ねぇ、静雄」
「何だ?」
「あれ」
そう言って新羅の指す先には、同じ上着を着た青年が八人、標識の傍でたむろしていた。顔をそちらに向けると、視線が合った。ぼんやりと、静雄は彼らの羽織る上着には見覚えがあった。しかし具体的にどこで、どうして見覚えがあるのかまでは思い出せなかった。
彼らは目が合うなり急ぎ足で去っていった。
「…あ?」
「…何だったんだろうね?」
「さぁ…」
興味も何も引かれなかったので、静雄はそのまま新羅と一緒に駅方面に向かった。
No.165
2012/01/07 (Sat) 22:41:20

第三話。  家庭教師を受け始めてから早くも一カ月が経つ頃、静雄は最初に感じた違和感を忘れそうになっていた。実際、忘れていた。折原臨也という家庭教師は今一つ掴み切れない所はあるが、教え方に不満も文句も一つもなかった。彼の解説は分かりやすさを謳い文句にしているどの参考書の解説よりも丁寧で親切だった。かつ的確に自分の知りたいところが解った。そのお陰か、静雄の成績はさらなる伸びを見せた。中間考査ではクラス順位三番を獲った。また、何があったのかは分からないが、不良たちが絡んでくることも少なくなった。そのお陰か、生徒たちから、少しずつだが、話しかけてくるものが増えてきた。母親は褒美に何がほしいと聞いてきたが、静雄は何もいらないと答えた。別に褒美が欲しくて勉強している訳ではない。まるで自分のことのように喜ぶ母親の姿に目をとめてから、静雄は自室に戻った。後三十分ほどで臨也が部屋に来る。散らかってはいないが教科書類を片付けなければいけないし、何より制服から着替えなくてはいけなかった。  静雄はクローゼットからズボンやシャツを何着か取り出してベッドの上や床の上に伸ばして置いた。そして慎重に選んで袖を通した。今日は久しぶりに弟、平和島幽が夕方に帰ってくる日であった。早朝に出かけ深夜に帰ってくる芸能生活を送っている彼との約一カ月ぶりの顔合わせであった。 ――― これなら文句はきっと無いよな 鏡の前に立ち、静雄は普段では気にしない細部まで入念にチェックをした。 静雄が選んだ服は質の良い七分の白いシャツとダメージ加工が施された黒い細身のジーンズであった。これらは以前から贈られたものであり、どこからか仕入れてきた服を、幽がクローゼットの中に勝手に入れていったものであった。静雄が止める機会を逃したその行為は、最早趣味の域に達してきているようで、時々奇妙なものも混じるようになった。「カンガルーはいません」のようなTシャツや、「海人」と習字で書かれたものなど、一体いつ着ようかと悩んでしまうものも増えてきていた。  選ぶために広げた服を片付けていると、不意にドアがノックされた。 「何?」 母親かと思い、静雄はいつものように軽い返事をした。 「こんにちわ、静雄君」 ――― 折原さん? 返ってきた声に、静雄は驚き時計を確認した。まだ時間には余裕があった。かといってドアの前に臨也を置き去りにしていては何だか奇妙で申し訳ないので、さっと服をクローゼットの中に詰め込んで、臨也を部屋に入れることにした。  部屋に入ってきた臨也の姿を見て、いつもと違うことに静雄は気づいた。今まで黒一色の格好しか見たことが無かったので、薄青色に濃紺で英字が描かれたシャツが珍しく、やけに眩しく感じた。 「前の子が体調を崩してお休みになったから、早めに来ちゃった」 「・・・はぁ」 ――― 体調が悪かったからって、こっちの都合も考えろよ 静雄は口に出さずに思い、そして気になっていたことを口にした。 「どこか行ってきたんですか?」 「何で?」 臨也は首をかしげた。 「いつもと違うので」 静雄は臨也のシャツを見て言った。臨也は指された自分のシャツを見て、少し肩を竦めた。 「俺だって四六時中黒子みたいな格好しているわけじゃないって。今日暑くなるって天気予報が言っていたから」 苦笑しながら臨也は答えた。しかし静雄は服から視線をそらさない。 「似合わない?」 「いや、似合わなくはないけど……」 確か。そう続けて静雄はクローゼットの中を少し漁った。間もなく、静雄は目当ての物を見つけた。その手には、臨也が来ているものと同じ服があった。 「これだ・・・って、これ?!」 「うん、それだね」 いまだ値札のついたままの服の、その値札を見て静雄は驚愕した。どう見ても静雄の価値観としては、長袖Tシャツ一枚の価格ではなかった。確か少し前に弟が珍しく嬉々として帰ってきたと聞いて何かとおもった時にクローゼットに追加されていたものだった。 ――― もしかしたらこのクローゼットの中に入っている服って…… 今まであまり気にしていなかったことに、静雄は焦った。そして先程の臨也の軽い返事からして、このような服がまだ家にたくさんあることが窺えた。多分あの黒一色のものも実はこのくらいの値段のするものばかりだろう。 ――― 金銭感覚が違ぇ・・・ 芸能人の例については幽がいるので知っていたが、家庭教師ってそんなに稼げるものなのだろうか。服を片付けて、そんなことを考えて自分の勉強椅子に座ったところ、机の上に置いていたA4サイズを横に四等分した短冊が目についた。それを見て、静雄は気持ちを切り替え、その紙を手に取って臨也に渡した。 「そうだ、これ中間考査の成績です」 「あぁ、返ってきたんだ」 いつもの椅子がなかったので臨也はベッドに腰を掛け、その紙を開いた。それを見て、静雄は椅子を取ってこようとしたが、やんわりと断られたため、自分の椅子に座りなおした。 「……わ、すごいね」 国語数学理科社会英語。大学入試の共通一次試験に必要な科目すべて八割超え。そうそう取れる成績ではない。あえて難を言えば、なぜこの成績でクラスのトップが獲れなかったのか。相当な天才もしくは奇人でもいるのか。それを尋ねると、静雄は悔しがる様子も嫌がる様子もなくあっさりと答えた。 「同じクラスの岸谷新羅って奴が医学部目指してるから」 「あぁ……新羅、か」 臨也の脳裏に浮かんだ、眼鏡をかけた四字熟語をよく使い解剖が趣味という変態じみた、いや変態の高校生。来良学園に通い、静雄と同い年であることは知っていたため、彼に違いない、と臨也は確信した。 「知ってるのか?」 「まぁ、ちょっとね。同じクラスなんだ?」 「俺に話しかけてくる数少ないうちの一人です」 「友達?」 その言葉に、静雄はぴくりと反応した。 「友達って言えば、友達、ですかね……」 そう言うも、静雄は少し嫌そうな顔をした。 「何でそんなに嫌な顔をするの?」 そう問いかけると、静雄は頭を掻きながら答えた。 「……初対面でいきなり体の構造が知りたいから解剖させてくれ、って言ってきたやつを喜んで友達なんて言えますか」 「……はは」 ――― 新羅ならやりかねないなぁ 臨也は苦笑した。 「でもまぁ、話しかけてくれるし、いろんなところ連れ回されるのも嫌じゃないです。……本当、解剖だけ除いて」  ――― 世間一般ではそれも友達と言うのだけれど しかしあえて言葉には出さず、臨也は心の内に留めておいた。 ふと、ドアが控えめにノックされた。何だ、と静雄が声をかけるとドアが開いた。そして静雄より二、三歳ほど年下の、妙に表情に欠けた青年が立っていた。 「幽!」 「ただいま、兄貴」 その青年、平和島幽は抑揚のない声で言った。俳優業を営んでいるので容姿は整っていた。静雄より頭約一つ分背が低いが、年齢の平均には高い方だろう。少し長めの髪も、長さゆえの鬱陶しさはなく、むしろ彼の神秘的な、中性的な雰囲気にとても合っていた。顔の造形は静雄に似たところがあるが、あまり似ていない兄弟だった。 「これ、お土産」 そう言って幽が差し出したものは、静雄でもよく知る某有名ブランドの小さな紙袋。大きさから服や鞄でないことは確かだった。 「いつもありがとな」 先ほどの事もあり、静雄は少し引き気味でその紙袋を受け取り、中身を見た。 「ハンカチと・・・何だこれ?」 ハンカチは白地に黒いラインの入った、至ってシンプルなものであった。もうひとつは箱に入っており、開けてみると小さなデザイン性のある、薄青い液体の入った小瓶が入っていた。 「あぁ、それ香水だね」 「香水?」 「うん、きっと静雄君に似合うと思うよ」 静雄はその小瓶をしげしげと眺めた。透き通るような青はどこまでも綺麗で、どこか別世界を感じさせるような雰囲気を持っていた。 「そっちの人は?」 幽の視線が臨也に移った。表情からは判別しにくいが、少し警戒しているように静雄には見えた。 「この人は家庭教師の折原さん。一ヶ月前から教えてもらってる」 「家庭教師ですか」 小さく復唱すると、幽は背筋を伸ばし、臨也の方に向き直った。 「兄を、よろしくお願いします」 そして深々と頭を下げ、幽は部屋から出て行った。静雄は驚きで一瞬固まった。 「お願いされちゃったね、静雄君」 「幽の奴……」 静雄は顔に手を当て、深い溜息をついた。 「ま、社交辞令だろうから気にすることもないんじゃない」 「俺が気にします」 ガキじゃねぇって。静雄はもう一度溜息をついて勉強机の椅子に座った。臨也もベッドから椅子へと場所を移り、勉強を始めた。 「じゃあ、また明日」 「ありがとうございました」 玄関でにこやかに手を振る臨也に手を軽く振り返して見送り、静雄はリビングへと入った。  リビングには幽一人がソファに座ってテレビ番組を見ているだけで、母親の姿がなかった。テレビの中では、可愛らしい動物の子どもの特集をやっていた。 「勉強終わったの?」 テレビから視線を外し、幽は静雄を見た。 「あぁ。母さんは?」 「会社の方に呼ばれて出かけた。夕飯は冷蔵庫だって。食べる?」 そう言われて時計を見ると、時計は良い時間を指していた。 「そうだな」 静雄は冷蔵庫を開けた。中には二人分のラップのかかった皿が置いてあった。それらを取り出すと、カウンターキッチンの奥に進んで一皿目をレンジに入れて温め始めた。 「あの家庭教師の人、兄貴が選んだの?」 幽はソファからキッチンへ向かい、静雄の横に立った。 「んな訳ないだろ。母さんだよ」 もう一皿をレンジの上に置き、静雄は温めている間の時間を使って、しゃもじを手に炊飯器を開けて茶碗にご飯を二膳分用意し、幽に手渡した。 「変わった人だね」 それらを受け取った幽はカウンターをまわり、ダイニングテーブルに向かい合うように並べた。 「まぁ、家庭教師って感じはしないな。なんつーか、こう……そう、暇つぶしでやっているみたいな感じがするんだよな」 一皿目の温めなおしが終り、静雄は箸二膳とともにその皿をテーブルに置いた。幽はすれ違いにキッチンに戻り、もう一皿の温めなおしを始めた。 「俺もそう思う」 静雄もキッチンに戻り、幽の横に立った。 「まあでも教え方は上手い方だと思う。解説とか丁寧だし」 「でも兄貴もともと成績良いよね」 幽の言葉に、静雄は動きを止めた。 「……何で知ってるんだ?」 「前にごみ箱に捨ててあった成績表見たんだ。それで」 それを聞いて、静雄はもっと目につかないところに捨てるべきだったなと思った。 「母さんには内緒な」 その言葉に、幽は首をかしげた。 「別にいいけど、どうして?」 「……何でだろうな」 「さぁ、俺に聞かれても困る」 「そうだな」 ピーっと、二皿目の温めが終ったことを告げる電子音が鳴った。  夜、新宿。  臨也はサザンテラスに座っていた。道には出勤帰りの社会人の流れが出来上がっており、彼のように座ってのんびりとしている者は少なかった。  テーブルで一人、ペットボトルの紅茶を啜っていると、一人の女性が臨也の前に姿を現した。 「やぁ、遅かったね、波江」 「急に呼び出したのはそっちでしょう」 矢霧波江は長い髪を一度背中に払い、臨也の向かいに座った。昼間であればきっと周囲の目を引いただろうが、今は夜。周りに歩く者もいなければ臨也以外に座っている者もいなかった。 「で、何の用かしら?」 「別に用って程でもないよ。たまには外で食事でもどうかって思って」 空になったペットボトルを鞄に戻しながら臨也は言った。その言葉に、波江はあからさまに嫌そうな顔をした。 「……貴方、そんな理由で呼び出したの?」 「冗談だって。本題はこっち」 そう言って、臨也はついでに鞄から一つの封筒を出し、テーブルの上に置いた。 「前に頼んでいた資料が手に入ってさ。これ、整理しておいてよ」 その封筒の厚さに、波江は眉をひそめた。 「何、この量……」 「大丈夫。半分くらいは要らないやつだから」 「何が大丈夫よ」 「中身は何?」 「んー、池袋を中心に半径五キロ圏内に存在する集団の大切な資料だよ」 大切な、というフレーズを少し強調した臨也に、波江はため息をついた。 「…そんなもの手に入れて何に使うの」 間違っても私を巻き込まないで欲しい。そんな裏の声をこめて言った。すると、それを察したのか、臨也は小さく首を横に振った。 「いや、使いはしないよ。ただ持ってるだけ」 そう、持っているだけでいいのだ。それだけで管理できるくらいの力をこの資料は持っているのだから。  ――― まぁ、手に入れるのにちょっと苦労したけど。 先日の四木とのやり取りを思い出しながら、臨也はため息をつき、椅子の背にもたれかかった。
No.164
2012/01/07 (Sat) 22:40:29

第四話。

 感覚的な話であるが、受験生の一年は速い。外を見れば梅雨前線の影響で一週間ほど続いている雨が、今日も降っている。換気ができないため教室内の空気が濁ってしまい、暑かった。しかも教室には熱気もこもり始めていた。こ原因は、期末考査期間突入とともに企画が始まった高校生活最後の文化祭に対するクラスメイト達の活気であった。クラスみんなで何をしようかと友人同士で話し合っている中、静雄は窓際の席で静かに、静かに予習と考査のための勉強を進めていた。クラスメイト達は連日の雨や暑さで静雄の機嫌が下降していることを自然に察知し、関わらないようにしていた。大まかに食品を扱う模擬店と決まり、後は何を作り、どんなキャッチコピーで、どんな雰囲気の店にするかを話し合っていた。
 突然教室の引き戸が荒々しく開かれるまでは。
「平和島ァッ」
そう叫び突然教室に乗り込んできたのは、先日まで停学処分を受けていた隣のクラスの生徒数名。短い学ランにサイズの大きすぎるズボンを腰のあたりでベルトで留めるという、やや古風なスタイルであった。今日も今日とて雨であったために濡れている裾が少し格好悪かった。
 彼らは周りに目もくれず真っすぐ静雄の席へと歩き、周りを囲んだ。
「テメェ何イイコちゃんぶってんだぁ?アァッ?」
彼らの苛立ちの根源は全くもって停学処分への鬱憤と一人処分を免れた静雄への恨みに対する八つ当たりであった。静雄が処分を免れた理由は主に怪我であった。本人はちゃんと直立し意識もあったのだが、頭から血を流し、左腕と右足があらぬ方向を向いていた。いつもは加害者と見られがちであった静雄だったがこの時ばかりは被害者扱いされ、停学処分を受けなかった。それでも、何の意味も持たない反省文だけは書かされた。
なにはともあれ、機嫌の悪い静雄が黙っているはずがない。そう思ったクラスメイト達は一斉に教室の外へと貴重品を持って退出した。
「オレ達が・・なくて寂しかっ・・・よなァ」
「平和島静雄に・・んな ・・・ らねぇだろ」
「 て  ・・が ・・ ・・」
「・・  ぇ ・・  ぉ・・・・」
苛立ちのあまり、静雄は次第に周りの音が聞こえなくなってきた。なぜ俺に突っかかってくる。この間の話はもう終わったことだろうに。勝手に引っ張り合いに出してこじ付けの因縁をつけてくるということはつまり喧嘩を売っていることか。俺に暴力を使わせる気か…
ぐるぐると持論が展開されていく中手に余計な力が入り、シャープペンが折れた感触がした。その時に、ふと我に返った。
「……あ、」
静雄は無残にも真ん中から折れたシャープペンを眺めた。そしてそれが今しがた込めた力のせいで折れたのだと気付いた。
 
――― 幽が、…幽がくれた、シャープペン……
 
「何だぁ?こいつ」
「シャープペン見たまま固まってッぞ?」
 
――― こいつらが
 
――― こいつらが、来なければ・・・
 
「あ、もうおぁッ」
静雄はすばやく手を伸ばし適当な位置にいた一人の顎を掴んだ。そのまま椅子から立ち上がり、腕を伸ばして上へと持ち上げる。
「……のに」
「は?」
「っの野郎ッ!」
後ろから殴ろうとしたもう一人に、静雄は空いたもう片方の手で裏拳を顔面に入れた。華麗に吹っ飛び、廊下側の壁に力なく激突し、床へと落ちた。
「幽から貰ったものなのによぉ…テメェ等が俺を怒らせなきゃ折れずに済んだよなぁ…」
静雄は持ちあげている一人を手早く放り投げ、服や腕を掴んできていた生徒の手を無理矢理はがし、正面から頬を殴ってきた生徒の腕を掴み軽く曲がらない方へと曲げ、さらにいまだ伸びてくる手を黙らせるため脛を蹴ってやった。それでも残った者たちはいたが、静雄に手を上げず払われた仲間の方へと向かっていった。
 席の周りはさっぱりした。静雄は折れたシャープペンをジャケットのポケットに入れ、机に出していた筆記用具を筆箱に仕舞うと、鞄を机の横のフックから外し、その中に机の中から出した教科書ノート類を突っ込み、筆箱も突っ込んで、それを持ってうずくまる彼らを無視して歩き出した。
教室を出て、ぱっと目に付いた生徒に一言。
「帰る」
そう残して下駄箱へと向かった。
 この日の静雄の備品への被害はゼロで、むしろクラスメイト達の証言により不良たちは生活指導の教員に二時間に及ぶ説教を受けることとなった。
 クラスメイト達は、教室の被害がゼロだったことよりも、始めてみた静雄の、本当に悲しそうな表情を心配していた。
――― 静雄、大丈夫かな・・・
教室内で唯一事情を知る生徒、新羅はいなくなった二つ後ろの席をみて、窓の外を見た。
 空はまだ暗く、雨足が少しだけ強くなった気がした。


 
 学校を出て二十分。静雄は傘も差さずふらふらと街中を歩いた。雨の冷たさに頭が冷まされたが、さらに心も体も冷めていくようだった。こんな天気でも、こんな時間でも、中心街は相変わらず人の波があった。道行く人は静雄に奇異な視線を送るが、彼を避け、我関せずと過ぎ去っていった。
「……」
静雄の心の中は、あのシャープペンを折ってしまった自分に対する後悔ばかりが渦巻いていた。どこにでも市販されているただのシャープペンだが、あれは、幽が受験の応援として贈ってくれたものであった。見えない価値がついていた。だが、自分がここまで落ち込むとは思ってもいなかった。
 気がつけば公園まで来ていた。静雄はふらりと中に入り、濡れて色濃くなったベンチに腰をかけた。公園に立ち寄っている者は誰もいなかった。
――― 幽、ごめん…
俯けば、髪から滴が絶え間なく伝い落ちていき、砂に混ざっていった。完全に制服は濡れ、雨粒が背中を打つのが感じられた。
 しかしそれは不意に地面が少し陰ったと同時に止まった。
「静雄君?」
「……?」
名前を呼ばれ顔を上げると、臨也が立っていた。相変わらずのフードのついた黒いジャケットを羽織った格好で、ジーンズの裾が少し濡れていた。手にしている黒い傘は傾けられ、自分がぬれるのにもかかわらず静雄を雨から守っていた。
「傘も差さずに何してるの?」
「別に…濡れるからいい」
静雄は再度俯いて答えた。その声に力は無かった。何かあったのは確実だ。そう思い、臨也は傘を静雄に向けて傾けたまま、携帯電話を開いた。
 ――― 丁度終わったし、この後もしばらくは予定ないし
臨也は携帯をポケットに戻し、静雄に話しかけた。
「家の鍵持ってる?」
静雄は一つ頷いた。
「とりあえず家に帰ろうか」
「……」
臨也は静雄の手を引き、今更ともいえるが傘の中に入れ、歩き始めた。


 
 静雄から鍵を借り、臨也はドアを開けた。
 室内は真っ暗で、人の気配はしなかった。それでも、外気よりは少し暖かかった。
「親はいないみたいだね」
「…今日は仕事でいない」
そう小さく言って、静雄は靴を脱ぎ、ふらふらと自分の部屋へと向かった。しかし臨也はその腕を掴み、洗面所の方へと引っ張った。
「とりあえず温まっておいで」
「……」
そう言われ、静雄は誘導されるままに洗面所に入った。静雄は制服を脱ぎ下着を脱ぎ、風呂場へ入った。
「服は適当に選んでおけばいい?」
それに対し返事はなかった。
 臨也は静雄の部屋に入り、適当に服を見繕って、風呂場に入ったのを見計らって洗面所の方に置いておいた。
 リビングに入りキッチンに立つとココアやコーヒーの瓶が目につき、勝手だが淹れることにした。コートを脱いでダイニングの椅子に掛けさせてもらい、キッチンに戻った。
 ――― なーんで俺、こんなことしているんだろう?
カップや瓶など道具を並べながら臨也はふと思った。しかし手は止まることなく、家でするように水を沸騰させてカップに粉を入れそこに湯を注ぎスプーンで二、三回混ぜていた。携帯を見たときはまぁこの後は暇だし助けるか。そんな軽い気持ちだったが、よくよく考えてみれば雨に濡れた子を助けるなんて洒落たことは誰にもしたことがなかった。
 ――― 特別視したせいかな?
顎に手を当てながら、臨也は静雄が出てくるのを待った。


 
 温かいシャワーを浴びると、静雄は気分が少し落ち着いた。冷えた体のみならずその温かさは心にも少しだけ届いた。薄緑色のタイルの壁に手をつき、静雄は鏡を見た。
 ――― ひっでぇ顔
こんな暗い表情をして自分は街を歩いていたのか。改めてそう思うと少し馬鹿らしく感じてしまった。正直に話そう。静雄はそう決めた。
 濡れた体をふき、さぁ出ようと思った所で静雄は着替えのことを思い出した。そういえば部屋に寄って持ってくるのを忘れていた。しかしそれは杞憂に終わった。風呂場を出て洗面所を見ると、タオルが置かれているかごの上に服が置いてあった。そう言えば何か言っていたような気がした。静雄はそれに着替え、ジャケットから折れたシャープペンを取り出してジーンズのポケットに入れ、洗面所を出た。臨也に礼を言おう。そう思い電気のついたリビングに向かった。
 扉を開けると、梅雨独特の湿気が消えていた。
「勝手にキッチンとかエアコン使ったけど、良かったかな?」
臨也はソファに座っていた。テーブルの上にはカップが二つ置いてあった。静雄は一つ頷いて、その向かいに座った。
「どっちが好きか分からなかったから両方淹れちゃったけど」
「……ココア」
「そう」
静雄はココアの入ったカップを取った。一口飲むと、丁度いいぐらいに冷めており、また偶然にも静雄の好きな濃さであった。臨也は残ったコーヒーの方のカップを手に取り、一口啜った。
「で、何があったの?」
そう尋ねられると、公園の時とは違い、静雄は答えることが出来た。
「幽がくれたシャープペンを、折っちまったんだ」
そう言って、静雄はジーンズのポケットからその折れたシャープペンを出した。
 ――― うわぁ
一体どれほどの力が入ればここまできれいに折れるのだろうか。割合太めのシャープペンは真ん中ぐらいのところで、見事に真っ二つに折れていた。外のケースも、内の軸も綺麗に割れていた。修復できないわけではないが、すぐにまた折れてしまうのは目に見えていた。
 臨也はうーん、と唸って、やがてコートのポケットに手を入れた。
「はい」
「え?」
「幽君の物の代わりにはならないかもしれないけど、俺からプレゼント」
静雄の前に出されたのは、最近出たばかりの真新しいシャープペンだった。
「丁度今日買いに行ってきてね」
「でも」
「いいって。それくらい、また買えばいいし」
臨也はコーヒーを一気に呷り、立ち上がった。
「受験、頑張ろうね」
「…はい」

 
 その後、静雄は幽にシャープペンのことを話した。
「そう」
幽は怒ることも悲しむこともなく、少し嬉しそうな表情をしてそのシャープペンを見た。
「これ、本当は兄貴の力を抑えてくれるように願掛けしてたんだ」
「そうなのか?」
「うん。あまり効果なかったかもしれないけど…」
「いや、そんなこと!ない、」
「無理しなくていいよ」
そう言うと、幽はもう一本、同じシャープペンを静雄に渡した。
「今度は、ちゃんと受験が成功するようにってお願いしておいた」
「…ありがとな」
 期末考査中、静雄は調子が良かったことは言うまでもない。


 
 梅雨が明け、じりじりと蒸し暑い季節がやってきた。授業も短縮に入り、午後は文化祭の準備が始まっていた。
「静雄、考査前に何かあった?」
休み時間、新羅は空いた静雄の前の席に座るなり、突然そう切り出した。
「なんだよ、突然…」
「いや、期末考査あたり、何か機嫌よかったからさ」
そう言いながら、新羅は静雄のペンケースの中を漁り始めた。何してんだと言いつつも静雄は特に彼の手を止めたりはしなかった。そして間もなく、新羅はその中から二本のシャープペンを机の上に出した。一本は以前静雄が折ってしまったものと同じものだった。どうしたのかと聞けば、また貰った、といった。
「へぇ、幽君から同じもの貰ったんだ」
「あぁ。前のやつは俺の力を止めてくれるよう願掛けしてあったらしい」
「成程」
一見どこにでも売っていそうなシャープペンだったが、軸をくるりと回したときに目についた軸の文字を見て、新羅は吹き出しかけた。
 ――― これは特別製だ
それでも顔はにやけていた。軸にあった文字は。
『 Dear.SHIZUO.H from,KASUKA.H 』
光の加減で薄く見える程度の文字であった。静雄の様子からして、この文字に気づいた様子はないようだった。
――― なかなか粋なことをするなぁ、幽君
新羅はさらに、もう一本の方のシャープペンを手に取った。そちらはついこの間新発売された某有名文具メーカーのものだった。気軽に買うにはちょっと高すぎる値段が付いていたことと新羅は思い出した。
「静雄って文具にこだわりあった?」
「それも貰いもんだ」
「誰から?」
そう聞くと、静雄の口から出てくるとは思ってもいなかった名前が出てきた。
「折原っていう家庭教師。受験がんばろうってくれた」
「折原?!」
その声は思った以上に大きく、教室中の視線を集めてしまった。新羅は苦笑いし、一つ溜息をついた。
 ――― いや待て自分。折原っていう名字は他にもたくさんいるよ。なに勝手に『臨也』って指定してるんだ。でも僕が知る折原って彼しかいないし……
新羅のその様子を見て、静雄は決定打を決めた。
「本当に知り合いだったのか」
 ――― あぁ、臨也に決定だ。てか、何で臨也?
「い、いや……まぁ、結構お世話になってるというか、お世話してるというか…」
「何だそれ?」
頭上にクエスチョンマークをいくつも飛ばしている静雄をよそに、新羅はへぇ、うん、そう、などと呟きながら、シャープペンをペンケースの中にしまった。
「あの時は本当、助かった気がするんだよな」
「…へぇー」
珍しい静雄の穏やかな表情に、新羅は一抹の不安を感じていた。


 
 同日午後、川越沿いマンション
 新羅はある人物を前にして怒っているのに笑っている顔をしていた。
「どうしたんだい?」
折原臨也だった。
 あの後新羅は授業後にあった文化祭の話し合いに参加しなかった。とくに興味もなく、皆がやることに適当に合わせればいいかなぁと思い、同じ考えを持った静雄とともに教室を出て家にまっすぐ帰った。すると、なぜか臨也が家の中にいた。同居しているセルティが鍵をかけ忘れたと言うのは考えられなかった。だとすれば、この男は不法侵入者となりうるのだが、はっきり言って今に始まったことではなかったので、新羅は言及しないでおいた。
 それよりも気にかかってやまなかったのは。
「何で君みたいな最低最悪腹黒外道残酷冷酷非常卑劣な情報屋折原臨也が、静雄の家庭教師なんてやってるのかなぁ」
「立派な罵詈雑言ありがとう」
臨也は他人の家だというのに優雅にソファに座り、新羅の出した紅茶を啜った。
「単なる偶然だよ」
聞けば、応募者多数により、抽選となって彼の書類を引き当てたそうだ。新羅にしてみれば、どんな家庭教師の会社なのかも気になった。生徒を抽選で選ぶ家庭教師があっていいものか。きっと臨也と何らかの取引をしているに違いない。
「で、興味持ったから続けてるんだよ」
「いつまで続くかなぁ」
新羅はダイニングテーブルに寄りかかり、愛用のマグカップでコーヒーを飲んだ。臨也は飽きやすいことを、新羅は知っていた。本職と人間への愛を除いて、今まで長くもって半年。短い時はたった二時間程度しか続かなかった。家庭教師も、生徒をころころと変えては長続きしていなかった。
「今までいろんな子のこと聞かされてきたけど、シャープペンをあげるなんて初めてじゃないか。しかも受験がんばろうだなんて」
「そうだね」
臨也はカップをテーブルに置き、背もたれに寄りかかった。
「俺も不思議だったよ。雨の日に公園で彼を見つけてさ、家まで送って色々世話して」
 ――― おいおい人の家で何やっているんだ。
心中でそう突っ込み、新羅はマグカップから口を離し、臨也の方を見た。
「最初に会った時も、俺が集めた情報と違いすぎて驚いたよ。これが化け物かってね。確かに容姿は人並み以上だし、力だって現場を見たことはないけど動画見て本当らしいことがわかった。しかも警戒心は人一倍強い割に、存外すぐ慣れるんだよね。この間も引かれてた線一本越えた感じがしたんだよ。俺を最初見たとき毛を逆立てた猫、いや、ライオンあたりにでもしておこうか、そんな感じだったのに。シャープペン一本壊したぐらいで落ち込むくらい精神的には弱くて・・・何であんな最強で最弱のものを、この世界は作り出したんだろう」
 ――― 臨也?
その長い言葉を聞いて、新羅はふむ、と顎に手を当てた。
「君ってさ、色々曲がってるよね」
「まぁ、真っすぐな人間ではないと思うよ」
俺が真っすぐだったら、この世の人間のほとんどが鋭利な直線になるんじゃないかな。
臨也は嗤った。そうじゃなくて、と新羅は結論を言った。
「好きなの?静雄のこと」
「好き?まさか。冗談だ」
そう言って、臨也はカップに口をつけた。
「そうやって短絡的に結びつけるところはまだ君も高校生だね。最初に言っただろう?興味だって」
あくまで興味と言い張る臨也に、新羅はかまを掛けてみた。
「興味、ね。確かに僕も静雄に興味はあるよ」
「へぇ」
瞬間、臨也の目の色、目つき、空気が少し変わった。それを感じ取りながらも、新羅は続けた。
「あの筋肉、骨格、体格でどうして自動販売機とかアスファルトに埋まった標識とか重いものが持ち上げあれるのかってね。解剖してみたいよ」
「それは彼が死んでからにしてくれないかなぁ」
そう言うと、臨也はソファから立ち上がった。いつの間にか変化はすべて消え去り、横に置いていたコートを羽織り、玄関へと歩き出した。
「俺この後仕事だから、また後でよろしく。じゃあねー」
ドアが閉まり、新羅はダイニングテーブルからソファへと移動した。
「また後でって、今日も怪我すること決定なのかい」
仕方ないなぁ。新羅は医療器具一式を準備しておくことにした。
 そして、臨也は短絡的で高校生だと言ったが、明らかにあの空気の変化は間違いないと新羅は一人マグカップを片手に深く頷いた。
「というか、やっぱり好きなんじゃないか。静雄のこと」
案外短絡的なのは臨也の方じゃないかなぁ。マグカップを一気に呷って残りを飲み干し、新羅は事務室、もとい治療室の清掃を始めることにした。
No.163
2012/01/07 (Sat) 22:39:50

第五話。

それは、終業式が終わって数日経った頃のことだった。
 夏休みに入り、エアコンの効いた自室でいつものように問題を解き、分からないところを臨也に聞くというサイクルを繰り返していた中、不意に臨也が声をかけた。
「そうだ、静雄君」
「何?」
静雄は手を止め、臨也の方を向いた。
「ずっと家じゃ気が滅入っちゃうでしょ。だから」
今度俺の家で勉強しない?
 その誘いに、静雄は特に断る理由は無かった。普通なら何かしら断る理由をつけるべきところだが、家庭教師だが家庭教師と感じさせない臨也の空気は確かに静雄を侵食していた。
 静雄の夏休みの予定が、一つ決まった。

 
 夏の太陽が眩しく地面を焼きつける中、静雄は新宿の待ち合わせに指定された場所に立っていた。肩にかけている鞄の中には愛用の参考書とノートと筆記具他、財布や携帯電話などが入っている。時計を見れば、約束の時間まであと十分程あった。単語の一つや二つ暗記するのにちょうどいい時間だったが、静雄は目の前や周りを過ぎていく人々を見ていた。そうしているとやはり池袋とは違うのだなと思った。まず明らかに大人が多い。静雄のような学生も歩いてはいるが、池袋に比べればどこか肩身が狭そうに見えた。
 壁にもたれかかりながら、静雄はまとわりつく熱気に顔を顰めた。
――― 暑い……
ヒートアイランド現象という言葉が静雄の頭に思い浮かぶ。本当に暑い。ビルが太陽光を反射するだけでここまで局地的に温度が上がるのか。人類発展の負の遺産め。暑い。静雄は心の中で罵った。建物の中に入り涼を取ろうとも思ったがしたがあと九分。臨也はもう来るだろうと思い、静雄はそのまま待つことにした。しかしそのまま陽の下にいては熱中症になる。そう考え、静雄は建物のひさしで丁度影になっている所に移動した。そんな所でも、日向より幾分涼しく感じられた。
そして静雄の予想通り、二分後に臨也は現れた。
「や、静雄君」
「こんにちは」
今日も今日とて暑いというのに、臨也は相変わらず黒い格好をしていた。
「その格好、暑くないのか」
「特には。俺平熱低いし」
――― いやそれは関係ないんじゃないか…?
しかし静雄は無駄な返答と考え、思っても口に出さない。
「もしかして俺結構待たせちゃった?」
「いえ、そんなことはないです。俺もさっき来たところだから」
「じゃ、行こっか」
そう言って踵を返した臨也に、静雄はついて行った。

 
 それにしても人が多い。若者からお年寄りまで様々な人が静雄たちと逆のほうへと歩いてきた。そのため大量の人の波の間を縫いながら、二人は進んでいくことになった。臨也の方は慣れているので、すいすいとそこに道があるように何事もなく歩いていった。
「ちょ、待っ…」
一方の静雄は地元とはまた違った人の流れについていけなかった。見失うことはなかったが、軽く人にぶつかってしまいながら臨也の後を追った。
十数分後、急に人がいなくなった。静雄は来た道を振り返って呟いた。
「何で、あんなに人がいたんだ?」
「あぁ、多分百貨店でバーゲンと物産展をやっているからじゃないかな。昨日広告入っていたしね」
そう言われれば、頷くしかなかった。静雄もその広告を見た記憶があった。といってもさして興味がなかったので流し見程度だったのだが。
それからは人の少ない道を歩いた。どうやら都庁側へと進んでいるようだった。次第にフォーマルな格好をした社会人たちが行き交い始め、私服の二人が逆に浮き始めた。そして新宿にしては閑静なその場所の一角に、大きなビルがあった。周りのビルに引けを取らず、高層であった。臨也はそのビルの入り口で足を止めた。
「ここ、ですか?」
「うん、ここ」
静雄はもう一度、ビルを見た。周りを見れば、趣向の凝らされたものもあれば、典型的な直立不動のものもある。しかしどれをとってもあくまで「会社」のビルであることに変わりは無い。どう見ても「住居」には程遠いような気がした。
 そうあれこれ考えているうちに、臨也はビルの中へと入って行ってしまっていた。
「っと」
鞄を持ち直し、静雄は小走りに臨也の後を追った。

 
 玄関らしきドアの所に立ち、臨也がさぁ鍵を開けようと鍵を鍵穴に刺そうとしたところ、閉まっているはずの家のドアが、まるでタイミングを見計らったかのように開いた。
「おかえりー!!」
「…帰…」
室内から飛び出してきたのは二人の可愛い女の子だった。そして彼女たちはそのまま臨也の腰へと抱きついた。その勢いに臨也は少しよろめいたが、こけることなく踏みとどまった。
一人は眼鏡をかけて長い髪を三つ編みにしており、もう一人はショートでボーイッシュなイメージだった。互いに顔の造形が非常に似通っていたので、双子なのだろうと静雄は思った。彼女たちの雰囲気が、醸し出す空気が臨也と近かった。確認を取ろうと臨也の方を見ると、なんだかとても嫌そうな顔をしていた。しかしそこに不審者を見る目は無かった。
「…何でお前らがいるの?」
「今日遊びに行くって言ったよ?ねー、クル姉」
眼鏡の少女が隣にいたボーイッシュな女の子に言った。すると彼女は頷き、静雄の方を見た。それに倣うように眼鏡の少女も静雄の方を見た。
「あー!あの時の先輩だー!」
「…謝…忘……」
「…え?」
完全アウェーな状況であった中突然声を掛けられ、静雄は反応が遅れた。
 ふと視線を下せば、先ほどまで臨也の腰に抱きついていた彼女たちが、自分の腰に抱きついていた。そしてぐいと下に引っ張られ、女の子相手に力を使うわけにはいかず、静雄はそのまま膝を折った。
「あの時はありがとうございました!」
「…心…謝……」
そう双方の耳から聞こえたかと思えば、頬に柔らかい感触があった。
「ぅわッ?!」
その感触に驚き、何をされたのか理解すると、静雄はそのまま腰を落とした。見上げれば、彼女たちは笑顔を浮かべていた。
「お前ら…」
臨也はため息をつくと、彼女たちの襟周りを掴み、静雄から引き離した。
「あややや…」
「……」
「ほら、出かけてくるんじゃないのか?」
「あ、そうだった!クル姉急がないと!バウムクーヘンなくなっちゃう!」
「急…!」
二人は互いに頷きあうと静雄たちが乗ってきたエレベーターに乗り、下の階へと降りていった。
 急に静かになった。
「……」
「とりあえず…家、入ろうか」
驚いて呆然と膝をついたままの静雄に、臨也は声をかけた。静雄ははっと我に返り、ばっと立ち上がった。
 中に入ってみれば、普通に家と呼べる光景が広がっていた。ワンルームに近い構造をしているが、棚や段差でスペースが区切られていた。奥には階段もあり、二フロア分を使っていることが分かった。
 静雄が案内されたのはリビングだった。触り心地の良い黒いソファに座り、キッチンへと消えていった臨也を待った。
「……」
頭の中は、先ほどのことでいっぱいになっていた。あの衝撃で、彼女たちを見たことがあったことを静雄は思い出していた。それは入学式が済み、学校全体が落ち着き始めていた頃のことだった。久しぶりに喧嘩を売られず何事もなく一日を過ごせたなぁと思いながら校門へと歩いていたところ、校門前が騒がしかった。見れば昨日負かした集団が女子二人を囲んで何か言い争っていた。セーラー服を着た女子が体操服を着た女子を庇うようにして一人男たちに立ち向かっていた。生徒たちはみな巻き込まれまいとそこを避けて通っていたが、静雄は迷うことなくそのまま突っ込んだ。
 セーラー服の襟に伸ばされようとしていた手を掴み取り、そのままぎりぎりと言わんばかりに静雄は握力で締め付けた。
「昨日ケンカ売ってきたと思えばよ…今日は女を脅して…男として最低だよな手前らああぁぁッ!!」
そしてそのまま男を校門前の道の向こう側へと飛ばしてやった。昨日の今日なので、まだ静雄に対する恐怖が抜けきっておらず、そのまま集団は散り散りとなって消えた。そして大丈夫かと後ろを振り返ったところ、女子たちもすでに姿を消していた。
 その時の女子二人が、彼女たちであった。
 ――― あの時の奴らか
 すると、臨也が戻ってきた。手にはグラスの乗ったお盆を持っていた。テーブルに置かれれば、からんと氷のぶつかる音がした。中身はサイダーだった。
「お茶の方がよかった?」
「これでいいです」
一口飲めば、炭酸の独特の風味が喉を刺激し、冷たくてとても心地が良かった。
「さっきはごめんね。妹たちが突然あんなことして」
「いや、驚いただけで、そんなに気にしていないというか、なんというか…あ、妹だったんですね、やっぱり」
やっぱりという部分に、臨也は首をかしげた。
「やっぱりって、そんなに似ているかな?」
「別に顔とかは似てないけど、雰囲気というか、動作というか」
「あぁ、…まぁ、結構俺の影響受けているからね、あいつら」
「確かに」
無意識のうちに、静雄はそう呟いていた。
「先輩ってことは、同じ学校なの?」
「はい、今さっき思い出しました」
「へぇ…」
そうかそうか、ふーん。
臨也はグラスに口を付けながら、同じようにしている静雄の方を見た。
 ――― まぁ、このことは後で考えることにしよう。今考えだしたら長くなりそうだ。
簡潔にまとめ、グラスをテーブルに戻した。
「さて、勉強しようか」
グラスをテーブルに置き、一つ手を叩いて、臨也はソファから立ち上がった。
「ここじゃ文字書きにくいからダイニングにでも移動しようか」
しかしすぐにまた腰を下ろすことになる。
「いえ、別にソファに座らなければ…いや、移動した方がいいですか」
「いや?俺は別にかまわないよ」
静雄はソファから降り、カーペットの敷かれた床の上に座った。ある程度幅があったので楽に座れた。鞄から参考書とノートとペンケースを出し、テーブルの上に並べた。
「今日は化学?」
参考書の表紙を見て、臨也は言った。
「構造推定の問題がまだ慣れなくて」
静雄は参考書とノートを開いた。
「そうだね、あれは結構面倒だと俺も思う。でもコツさえつかめばすぐに慣れるよ」
臨也も一段下がってカーペットの上に降りた。そしてテーブルの下の引き出しを開け、中から紙とボールペンを出した。
「この問題です」
問題番号を指で示し、静雄は臨也の方を見た。
 臨也はしばらく問題を眺めた。そして考えがまとまったようで、臨也は構造式と説明を紙に書き始めた。
「この問題だったらまずA、B、Cの分子式がC8H10O2と与えられている。次に実験1を見るとAは水酸化ナトリウムでけん化されている。ここでAはエステル結合をもっていることがわかるから、ベンゼン環にカルボン酸とアルコールもしくはフェノールが一置換体で結合している。それらをジエチルエーテルに溶かして二酸化炭素を吹き込むと生成物Dが出てきて、実験2でその生成物Dに濃硝酸と濃硫酸を加えるとピクリン酸が出来上がるわけだから、生成物Dはフェノールであることがわかる。ここからさっきの物質Aはフェノールとカルボン酸のエステルだから構造を合わせると、C6H5OCOCH3ということになる…って具合かな」
臨也は一度もかむことなくつらつらと、ちょうど静雄が分からなかった問題の解説を進めた。しかし静雄は途中から意味が分からず、後半は殆ど聞き流してしまった。
「…ピクリン酸って、何だ?」
「2、4、6‐トリニトロフェノールの別名だよ。黄色の結晶で、火薬にも使われる物質」
「…覚えてない」
「慣用名だから参考書の隅っこにしか載ってないかもね」
さらさらとルーズリーフの上に、臨也は構造式を描いた。それを見て、静雄はあぁそういえばこんなような物質を先生が黒板に書いていたなぁと思い出した。静雄はその下に自分の字で「ピクリン酸」と書き足しておいた。
「さて、続きだ」


 
 外は少し日が傾き、橙の空が広がり始めていた。勉強は静雄の予想以上に捗り、環境の違いもあって、三時間連続して集中力が続いた。しかしまた予想以上に疲れ、頭が寝起きのようにぼーっとした。行きよりは若干人の減った大通りを進んで、静雄と臨也は山手線新宿駅の改札付近にいた。
「今日はありがとうございました」
そういって軽く腰を折る静雄を見て、臨也は肩をすくめた。
「敬語、やっぱりやめてくれないかなぁ」
「分かった」
静雄からあっさりとした返事が返ってきて、臨也は目を見開いた。
「あれ?意外に早い。前みたいに言わないんだ」
「疲れるんだよ、敬語って。慣れねーし」
折原さん以外に使わねーし、何か面倒になった。
敬語が無くなっただけで、静雄の空気が少し柔らかくなった気がした。敬語ってすごいなぁ、と臨也は思った。
「じゃ、また明日…あぁいや、明後日だね」
「じゃあ、な」
改札を抜けてすぐ、静雄は一度振り返った。しかし何か言うわけでもなく礼をするわけでもなく、ただ振り返って、そのまま人ごみの中に消えて行った。
 静雄の姿が見えなくなり、臨也も改札に背を向けた。足取りに乱れはなかったが。
 ――― ヤバい。本当、…あぁー、どうしよう……
振り返ったときの静雄の表情に、ひどく掻き乱された。
 振り返ったその一瞬、不器用な、曖昧な、でも確かに笑顔といえるものがそこにあった。
 ――― 面白すぎて、叶わない
No.162
2012/01/07 (Sat) 22:32:19

第六話。文化祭。文字数多すぎと言われたので分割。前半。


 夏休みを怠けずに規則正しく生活し、また程良く勉強したことで、実力テストの結果は上々だった。ホームルームの時間に解答用紙を返され、静雄は無言で、心の中でよし、と呟いた。
「結果良かったみたいだね」
席に戻るなり、前の席に座る新羅が振り返って、話しかけてきた。
「まぁな…顔に出てたか?」
「普通の人じゃわからない程度には」
静雄は解答用紙をファイルに入れ、机の中にしまった。すると、新羅が受験生らしい話題を持ち出してきた。
「そういえばさ、静雄は志望校決まってる?」
「…いや、まだだ」
決まってはいないが、漠然と、このあたりの大学にしようというのは大方決めていた。国公立二校どちらかと、私立大学を二校。うち一校は、センター試験の利用で受験しようと考えていた。
「そういうお前はどうなんだ?」
「え?僕は進学しないよ」
「はぁ?」
驚いた。新羅ほどの学力というか、知力があれば国公立の医学部にだって行けるだろう。実際、彼は将来医者になろうと考えており、静雄もそれを知っていた。
「就職ってことか?」
「ちょっと違うかなぁ。まぁ、あてはあるから安心してよ」
そう言って静雄の肩をポンポン、と叩いた。
「別に心配なんかしてねぇよ」
静雄はその手を軽く払った。痛いなぁ、と大して痛がっていない調子で、新羅は手を振った。
「そういえば、静雄っていざ…折原さんが家庭教師やってるんだよね」
「あぁ」
静雄は赤ペンと模範解答を用意しながら答えた。
「彼のことどう思ってるの?」
机に腕をついて、新羅は尋ねた。ペンをくるくると回しながら、静雄はしばし考え、言った。
「…教え方は上手いから家庭教師としてはすごいと思う。けどなんつーか、何か隠してるっつーか、腹に一物ありそうな気がすんだよ」
「じゃあ、あまり好きじゃなかったりする?」
その質問に、静雄は手を顎に当てて唸った。
「…いや、そんなに嫌いじゃねぇ」
「え?」
その答えは新羅にとって意外だった。そんな腹に一物あるような男を、静雄が嫌いでない筈がないと思っていた。一体何があったのか、それとももう臨也に何かされてしまったのだろうか。
 あからさまに驚いている新羅を見て、模範解答と睨めっこしていた静雄は頭を掻いた。
「あー、家族とか新羅以外でここまで長い間話した奴なんてそうそういねぇからよ」
「…そう、だね」
確かに静雄の交友関係は極端に狭い。周りは変に気を遣ったり、事務的なことしか話さないため友人とは言い難い。それ以前に、そもそも話しかけてこない。むしろ根拠のない面倒な因縁ばかりであった。そんな中に現れた第三者だ。自分と話し、勉強を見てもらっている。そんな人を、静雄が嫌うはずがなかった。
 ――― 臨也も、今回は本当長いなぁ。臨也も人の域は越えてなかったってことか
ところで、新羅にとって心配なのは静雄の方だった。あの臨也のことだ。自覚すれば何をしでかすかわからない。最悪の場合を想定すればきっと自分なしでは生きられないようにしてしまうだろう。静雄も静雄で、きっと落ちてしまうかもしれない。
「では、文化祭の役割を決めるので、回って来たくじを一枚ずつ引いてください」
文化祭実行委員の声に、ふと新羅は戻ってきた。気付けばくじの袋は静雄にまで回っていた。
「新羅、次」
「あぁ、うん」
静雄が一枚引き、次に新羅が引いた。お互いほぼ同時にくじを開いた。
「…君は何だった?」
「……………………………………………」
静雄の方を見ると、くじをじっと見たまま止まっていた。変な硬直ではなく、単純な驚きがそこにあった。
「その長い無言はどうしたんだい?」
「いや、文化祭何やるか今初めて知った」
「ちょっと遅すぎるよね」
新羅は苦笑しながら静雄のくじを覗いた。
「僕と同じ接客だね」
「そうか」
「でも、女装はないよね」
一瞬、静雄の頭は漢字変換ができなかった。
―――「じょそう」って、あの「じょそう」か?
確認のため新羅のくじを見て、静雄は新羅の肩を軽くたたいた。
「まぁ…その、がんばれ」
「別に応援はいらないよ。やる気は全然ないから」
「…多分似合うと思うぞ」
「……!」
まるで珍獣でも見つけたかのように目を丸くして、新羅は静雄を見た。
「な、何だよ」
「いや、君がまさかそんなこと言うとは思ってもいなかったからさ」

 
文化祭当日。
 ――― こんな形でここに来ることになるとはなぁ…
臨也は母校来良学園の校門の前にいた。様々な記憶がよみがえるが、色はなく完全に過ぎ去った過去であった。特に文化祭は思い出したくもない記憶がいくつか、修学旅行の次ぐらいに混ざっている。さらにあまり顔を見たくない恩師もまだ残っていると聞いた。正直溜息が出て踵を返して帰りたいと思うが、それを上回る目的があるので帰るわけにはいかない。外来用のチケットは妹から入手済みである。
「さーて、静雄君はどこにいるかな」
気を取り直し、臨也はコートのポケットに手を突っ込み校舎に入った。
 廊下はたくさんの人で賑わっていた。老若男女、制服から私服、明らかにコスプレともいえる格好まで、千差万別だった。もともと人の多い池袋に建つ学校とあって、客の動員数も半端ではない。
臨也は丁度目についた、教室の前で集客をしている女子生徒に話しかけた。
「すみません、ちょっといいですか?」
「何ですか?」
手にしていた看板を下ろし、女子生徒は臨也の方を見た。
「平和島静雄って子、何組か知ってる?」
名前を出すと、女子生徒は少し驚き、「えっと…」とつぶやいた。
「…確か二組だと思います。三年二組」
「そう、ありがとう」
平和島静雄という言葉にいささか驚いたようだったが、特に理由を聞くこともなく素直にその女子生徒は臨也に教室を教えた。三年二組と言えば、この校舎の二階の奥から四番目の教室のはずだ。臨也は過去を思い出しながら、間違っていないか門前でもらったパンフレットに目を通した。ついでに二組の催し物にも目を通せば、手書きの文字で「」と書いてあった。
 臨也は軽い足取りで階段を上った。三年の教室は二階に集中しており、すぐに行けるかと思ったら、そうはいかなくなってしまった。
「いっざにい~ッ!」
「…舞流」
突然階段上部から飛んできた女子生徒、もとい舞流を、臨也は身を捩って躱した。しかしそのまま無慈悲に見過ごすことはせず、腕を伸ばしてその小柄な体を受け止めた。ところが飛んできた言葉は感謝ではなく、文句。
「ちゃんと受け止めてよ!」
「蹴りをしようとした奴を誰が受け止めるか」
臨也は視線を上にあげた。
「九瑠璃も飛ぶなよ」
「…試……」
そう先にくぎを指せば、九瑠璃は大人しく階段を下ってきた。
「ねぇねぇ、私たちのクラスに来てよ。クイズショーを真似た出し物なんだけど、なかなか問題が面白いんだ!きっとイザ兄も楽しめるというか、絶対一番獲れちゃうよ」
「是…来…」
「ちょっと待った」
妹たちに両腕を取られそのまま連行されかけた。しかし目的を見失うことはなかったので、臨也はその拘束から逃れ、ひらりと階段の方に足を進めた。
「俺は他の教室に用事があるの」
絶対来てねと言う舞流の言葉を軽くあしらって、臨也は階を上がった。

 
 二階は三年生の出し物とあって気合が入っており、その分客も多かった。廊下は往来が辛うじてできるぐらいで、立ち止まるなんてことをすればただの邪魔者にしかならなかった。
 三年二組の教室は予想通り奥から四番目に教室のプレートが掛かっていた。臨也は人の波にうまく乗って進み、教室の前まで出た。すると、何人もの女子生徒が窓から中の様子を覗いては、携帯を構えて写真を撮っていた。メールブロックで画面を見ることは出来なかったが、直接窓から中の様子を見て、納得した。
 ――― へぇ……
臨也は教室内で忙しなく動き回る生徒に混ざっている静雄を見て、笑った。いつもの無造作な金髪は、長めの前髪は赤いピンで留められ、後ろは小さく束ねていた。白いカッターシャツは袖を捲り、黒のスラックスを穿き、腰には濃いベージュのエプロンを巻いていた。ただのギャルソンの格好だが、静雄が着るとドラマにでも出てきそうな二枚目のイケメン給仕に早変わりなのであった。
 ――― これは楽しみだ。
案内を待とうと用意されていた椅子に座り、臨也は携帯を開いた。幸い、メールはまだ一件も入っていなかった。しばらくすると先客の女性たちが立ち上がった。出てきた店員を一瞥して臨也は思わず吹きそうになったがそこは堪えた。しかし肩が震えたのはおそらく伝わっているだろう。黒さを含んだ笑みを残して店員は女性たちを教室に案内していった。後ろにも客が並び始めた。臨也はそのまま暇つぶしも兼ねて次の仕事の依頼の内容を携帯で調べた。
 ――― 次は確か。
こういう時、タッチパネルは本当に便利だと感じる。方向キーを連打しなくとも画面上を滑らせればページがスクロールされ、自分のペースで文章を追うことができ作業効率も上がる。難点はやはり指紋が残ることだが。
「次のお客様……」
すると、横に店員が立った。その声は若干とげとげしかったが、聞き覚えのある声に臨也は顔を上げた。
 見ればそこには見知った顔。
「やぁ」
「折原さん?」
案内に来たのは静雄だった。彼は臨也の顔を見るなり目を見開き、硬直した。
「何で」
「何でって、遊びに来たんだよ」
臨也は携帯をポケットにしまい、立ち上がった。
 教室内は以外にも比較的静かだった。臨也は窓に近い席に案内された。机は二つ合わせて白とオレンジのギンガムチェックの二枚のクロスが掛けられていた。椅子の方も気を使っているのか、新しさの残るきれいな椅子だった。
「これ、メニューだ」
そう言って渡されたカードはなかなかに作りこんであった。厚紙にレザック紙を張り、メニューの書いてある紙も写真付きで見やすかった。さすが三年生、と臨也は少しだけほめた。
「じゃあ紅茶とプレーンのパウンドケーキで。紅茶はストレートでいいよ」
「わかった」
静雄は胸ポケットに入れていたメモに書きとめ、メニューを臨也から受け取って机と布で仕切られた奥に入っていった。
「新羅」
一休みにペットボトルのお茶を飲んでいた新羅に、静雄は声をかけた。
「何だい?静雄」
少しだけ首を上げ、新羅は静雄の顔を見た。そこには焦りのような、恥ずかしさのような、微妙な色をした顔があった。
「折原さんが来た」
「臨也が?」
おやと言いたげに返すと、新羅はそのまま仕切り布から覗いた。窓際の一番日の当たっている、運動場が見下ろせる良好な席に臨也の姿を見つけた。

 
 臨也は携帯を弄ることなく、窓の外を眺めていた。
 ――― この席、懐かしいなぁ……
眼下に広がる運動場の光景は何一つ変わっていなかった。今はダンスの発表なのか十数人の生徒が同じような格好をして、微かに聞こえてくる音楽に合わせて動き、陣を変えていた。
 ――― 後ろにドタチンが座ってて、何度も起こされたっけなぁ
放っておけばいいのに、何度も背中をつつかれた記憶が思い起こされた。椅子を少し引き、背もたれに体重を預けた。背中に当たる角の位置もあまり変わっていない。
 ――― 懐かしい、か……
良い記憶ばかりではない。危ない橋を何度も渡ったし、刃物はもちろん銃器とも出会った。けれど充実はしていなかった。ほとんどすべてが自分の思い通りに進み、利用でき、使った。足りなかったのは刺激だ。今になって見つけた刺激。これが足りなかったのだと、臨也は気付いた。
「おい」
「え?」
不意に声をかけられ、臨也は窓の外から視線を戻した。見れば、静雄がティーカップとパウンドケーキの乗った皿を左右の手に持って立っていた。
「紅茶と、パウンドケーキ」
「あぁ、ありがとう」
ごめん、全然気づかなかった。臨也は苦笑しながら、テーブルに並べられるそれらを見ていた。見た目からすると、パウンドケーキはどうやら手作りのようだった。
「そういえば思ったんだけどさ」
紅茶にスティックシュガーを流し込み、くるくると混ぜながら臨也は尋ねた。
「静雄君、他のお客さんと俺とで態度違わない?」
すると、静雄は肩をすくめ、短く息を吐いて一言。
「…疲れるんだよ」
その声音は本当に疲れているようだった。
「接客自体は嫌いじゃねーけど、知らないやつ相手にすると気使う必要があるし、それに」
何故か話しかけてくるんだよ。女が。
そう言って静雄は片手を腰に当て、もう片方の手で頬を掻いた。
なかなか贅沢な原因だなぁと、臨也は心の中でごちた。教室全体に軽く目を回せば、確かに何人かの女性客がこちらをちらちらと見ていた。しかし静雄の様子を見る限り嬉しいとか恥ずかしいとかはなく、単純に疑問に思っているだけのようだった。
「そうだ、静雄君この後暇ある?」
「え?…あー、昼の後なら」
一度時計を見て、静雄は答えた。
「一緒に回らない?」
「おう」
すると、クラスメイトが彼の名を呼んだ。見れば受け渡し口から顔をだし、手招きしていた。
「じゃあ昼終わったらメール送ってね」
「あぁ」
臨也はパウンドケーキを一口大に切り、口に入れた。
「あ、これいい」
感想が思わず口から洩れた。

 
 午後、やっと休みをもらえた静雄は一人、昼用に購買で買った菓子パンを齧りながら、荷物とともに屋上のベンチに座っていた。空を見上げれば夏の空は姿を消し、筋雲が風に乗って動いていた。屋上は池袋の喧騒はおろか、校内のざわめきも遠くに聞こえ、とても静かだった。
 ――― やっぱ静かな方が落ち着くな
まだ温さの残る弱い風を受けながら、静雄はパンを口に入れた。
 そういえば、最近喧嘩してないな、と静雄は思った。
ここまで穏やかなことが続いたのは初めてのことだった。中学のころはほぼ毎日何かしら投げていた記憶があった。軽いときは机を、酷いときは標識をすでに投げていた気がした。壊したものは数知れず。義務教育でなかったら留年が確定していたかもしれない。高校も、一年二年のころは喧嘩三昧だった。街でも一部に名が知れ渡り、見ず知らずの他校生に因縁をつけられては一蹴した。しかし大学に進学したかったため、六、七割は自分では抑えたつもりだった。その分、一回の被害が大きくなったのだが。
そして三年生になり、二年の成果もあり、自分に関してはある程度のコントロールを身につけた。おかげで喧嘩の回数は減少し、被害も小さくなった。それでも、静雄の目指す平穏には届かなかった。
それが今、彼を取り巻いている。
――― 努力が実ったのか?
最後の一口を口の中に放り入れ、咀嚼しながら静雄は考えた。
昼食を食べ終え、さて臨也に連絡を入れようとしてふと、静雄の手は止まった。
 ――― そういえば、折原さんのメールアドレスって俺知ってたか?
急いで携帯電話のアドレス帳を開くが、「折原臨也」の文字はなかった。
 ――― どうすれば……そうだ!
確か。静雄は鞄の中を漁り、ペンケースを取り出した。開けて中を調べると、薄汚れた小さな紙を見つけた。思い返せば依然質問にと挟まっていたことを思い出した。まだ捨てていなくてよかったと静雄は安堵し、間違えないようにそこに書かれた英数字を打ち込んだ。
 
 
同時刻。
 
「本当寂しいやつだよね、君って」
「その寂しいやつに付き合ってくれて感謝するよ」
臨也と新羅は学食で、向かい合って昼食をとっていた。テーブルには学食に伝わる裏メニューが置かれていた。
「孤食はよくないからね」
そう言って、臨也は箸で小分けにした最後のハンバーグを口に入れた。
「そのこじつけにも見える理由はよした方がいいよ」
新羅の方はすでに食べ終わっており、プラスチックのコップに入った麦茶を少しずつ飲んでいた。
「……なんか冷たくない?」
「私は今すごく機嫌が悪いから」
「その格好で一人称私はやめた方がいいと思うよ」
新羅は周りをちらっと見て、ため息を吐いた。周りの人間たちは皆一堂に新羅に一度は視線を向けていた。文化祭では幾分普通になり始めている女装だが、意外と視線を集めるものである。ある程度似合っていれば猶更だ。
臨也は箸を皿に置いた。その表情は満足気であり、驚きもあった。
「学食の味も変わっていなかったとは驚いたよ」
「そんな仔細なことまで覚えているのかい?」
「結構お世話になっていたからさ」
でなきゃこんな裏メニュー知ってるわけないだろう。そう言って臨也はコップに残っていた水を一息に飲み干した。するとコートのポケットに入れていた携帯が小刻みに震えた。
「おっと、メールだ」
「静雄かい?」
「みたいだ」
「なら、僕は帰るとするよ」
午後は暇だし、こんな格好さっさと着替えたいし、片付けはしなくちゃいけない気がするけどセルティに会いたいし。じゃあね、と手を振って新羅はテーブルを離れて行った。途中振り返り、一言。
「気を付けてね」
臨也は苦笑いしながら軽く見送り、メールを開いた。
『一時に正面昇降口で』
絵文字も何もないそっけない文面だったが、逆に静雄らしさを感じ、臨也は携帯を閉じると軽い足取りで食器を返し、食堂を出た。
 
No.161
2012/01/07 (Sat) 22:31:31

第六話後編。


 
 静雄は店番をしていた格好のまま、待ち合わせに指定した場所に立っていた。
ちなみに、待ち合わせ時間から十分ほど過ぎている。
 ――― 何かあったのか?
そう思って携帯を開けてみるが何も連絡はない。以前待ち合わせした時は五分前には来たので、不思議に思った。
 メールを送るか。そう思って新規作成のアイコンを押したときだった。不意に肩をぽんと叩かれた。
「や、遅くなってごめん」
「……何があったんだよ」
臨也の頭にはお面、手には焼き鳥やら団子やら、腕には用途の不明な花の首飾りが引っかかっていた。それを見て、静雄は脱力した。
「いやぁ、ここに来る途中外の出店の前通って来たらさ、何かいろいろ貰っちゃって」
どうぞと言わんばかりに差し出された団子に手を伸ばすかどうか考えたが、一応受け取ることにした。口に入れると程よく温かく、なかなか良い市販品を出しているなと静雄は思った。臨也も手元に残った焼き鳥を口に入れ、残った棒を近くに置いてあったごみ箱に捨てた。
「これ邪魔だよね」
そう言って、臨也はコートの内ポケットからナイロン製の折り畳みバッグを取り出して開き、その中にお面や首飾りを放り込んだ。
「どこかで回収とかしてないかな」
「してないだろ、普通」
静雄は呆れながら言った。臨也は「仕方ないから持って帰るか」と肩をすくめてその横に並んだ。

 
 人の波は午前中よりかなり減った。廊下を歩く人も場所によってはまばらになり、暇を持て余す生徒も見かけた。
「どこか回りたい所とかある?」
「えっと」
鞄からパンフレットを取り出し、ざっと全クラスの出し物を静雄は見た。昼食を摂ったばかりなので飲食系はパスしたい。ダンスや劇もいいが、生憎と休憩時間だった。舞台発表は途中鑑賞になるが、特別興味が引かれるものがなかった。そもそもまともに参加することが初めてだったため、どうも文化祭の空気についていけなかった。
「無いなら一年五組に行ってもいい?」
「あぁ、妹のところか」
「行かないわけにはいかないからね」
行かなかったら行かなかったで、あとがうるさいし。
その言葉は飲み込み、頭の中に残っている地図に従って歩き出した。
「一年五組って向こうの棟だよね?」
「いや、この上」
「あれ?」
臨也は足を止め、自分と反対側へと歩き出した静雄を追った。
「変わったんだ」
「耐震工事で教室が移動してるんだ」
階段を上がり多目的室の前に差し掛かったところで、ふと臨也は足を止めた。それに気付いた静雄も足を止めた。
「折原さん?」
臨也は教室の中で腕を組みながら立っている男に目を向けていた。その表情はどこか楽しそうで、嬉しそうでもあった。
「ちょっと知り合いがいてさ」
「……」
静雄もそちらの方を見た。すると男はこちらに気が付いた。ごくわずかに目を見開き、そして軽く手を挙げた。臨也も返すように手を軽く上げ、静雄は頭を軽く下げてそこから去った。

 
そして二人は一年五組に来た。ここもなかなかの賑わいを見せており、列こそないが教室内は外来の人々でいっぱいだった。
そんな教室の様子を廊下から見ていると宣伝係の女子が飛んできた。九瑠璃と舞流であった。
「イザ兄!静雄さん!」
「来……嬉……」
二人は手にしていた看板を壁に立てかけると、そのまま臨也の左右に回り逃がさないと言わんばかりに腕を絡めとった。一瞬で不機嫌な表情になりながらも振りほどこうとしない臨也を見て、静雄は苦笑した。
「久しぶりだな。夏休み以来か」
「そうだね~学校じゃ階が違うからめったに会わないし」
「憧……良……」
九瑠璃は静雄の格好を上から下へと見て言った。
「あー、出し物の格好だ。午後も一応仕事があるからな」
その言葉に臨也は首をかしげた。
「あれ?昼の後暇って言ってなかった?」
「仕事がないとは言ってないだろ。二時には戻る」
静雄は舞流を見た。
「ところで、お前らの出し物ってなんだ?」
「クイズゲームだよ。ほら、今結構クイズ番組多いでしょ?あと問題を考えるのも楽しいかなって思ってさ。あ、もちろんレベル別で簡単なのもあるんだけどね」
「例……試……」
九瑠璃と舞流は自分たちの看板を静雄に見せた。そこには丁度例題が載っており、一読した限り問題は確かに面白いものであった。
「やってみるか」
「本当!」
満面の笑みを浮かべた舞流は教室に一度走り、エントリーシートを持ってきた。静雄はそれを受け取ると自分の名前を枠内に書いた。そしてそれを舞流に返すと、九瑠璃はそこに「折原臨也」と書き足した。
「じゃ、二名様エントリー!」
「俺はやらないよ」
「駄目だよイザ兄。原則二人一組なんだから」
「原則なら例外があってもいいだろ。俺は後ろか「これお願いね」
臨也の意見を総無視して、舞流はそのままエントリーシートを受付に持って行った。
「……聞けよ」
「別にいいだろ」
静雄は携帯で時間を確認した。九瑠璃に聞いた限り個人差はあるが大体二十分ぐらいで終わるようだ。ここに行って、あと近くを見て丁度終わるだろう。
 臨也は肩をすくめ、短く息を吐いた。
「仕方ないなぁ」
しかしその顔は仕方ないとは言っていなかった。

 
 受付で臨也と静雄は簡単なルール説明を聞いた。
 問題は第一コーナー、第二コーナー、最終コーナーの三部構成で、難易度が順に上がっていく。全部で三十五問あり、その正答数によって順位が決まる。また各コーナーの解答に関してはそれぞれにルールがあるのでそれに従えというものだった。
 成績表と書かれた紙を受け取ると、二人は床にビニールテープで書かれた矢印に沿って机と天井から下がっている布で区切られた一画、第一コーナーに入った。
 第一コーナーは漢字の読み書きだった。紙が二枚、白紙の面を上にして各机においてあった。
「第一コーナーでは漢字の読み書きを十問やっていただきます」
「なんだ、簡単じゃないか」
臨也はコートを脱いで椅子に座り、溜息をついた。
「そんなことないですよ?制限時間つきですから」
それを聞いた瞬間、静雄は柄にもなく緊張した。鉛筆を受け取ると、落ち着かせるために小さく深呼吸をした。
「制限時間は三分です。あと、必ず楷書、読める字で書いてください。……それでは、スタート!」
その掛け声に従い、臨也と静雄はほぼ同時に紙を返した。そしてすぐに鉛筆を走らせた。
 
 ――― “輪郭”“東屋”“ないがしろ”……たしか“蔑”を使ったな。送り仮名は“ろ”だけだ。“直衣”はたしか“のうし”って読んだな。で、次は“洋才”で…… ―――
 
――― 最初の方は三級以下のレベルか……“冬至”、“暁”、“きく”、“つれづれぐさ”っと。“魚籠”は、そうだ“びく”だったな…で、“しじま”?あぁ、“静寂”か。 ―――
 
 ――― “ほととぎす”?“不如帰”あたりだったっけな。“”“” ―――
 
 ――― “百日紅”、“労咳”、“どら”……何だ?この変わった問題。“プロイセン”って“普魯西”だったかな
臨也は鉛筆を置いた。まだ時間はわずかに残っているようで、ざっと見直した。
 
 ――― は?“ローマ”?!何だったけ…ローマ、ローマ……“羅馬”か「そこまで」
 
その声で二人は鉛筆を置いた。そして紙を学生に渡した。ストップウォッチを持っていたもう一人と一緒に、赤ペンで採点を始めた。
 ややしばらくして手は止まった。二人の解答に間違いはなかった。学生は成績表にそのまま赤ペンで二箇所に10と書き、それを解答用紙と一緒に静雄に渡した。
 スペースから出て、臨也は二枚の漢字の問題を改めて見た。後半は学生向けと言うより、社会人向けの問題だった。そもそも学生の内に知る国名の漢字表記は一字表記が多いだろう。
ふと静雄の解答用紙の最後を見て、臨也は驚いた。“羅馬”。パソコンでは一発変換できるが、書くのはめったにないことだ。
「よくローマなんて漢字書けたね」
「勘」
「勘か」
どう見ても勘で書ける字ではないだろう。改めて、なぜ家庭教師を受けているのかと臨也は疑問に思った。

 
 第二コーナーはジャンル選択制の問題で、文学・歴史・科学の三つから一つを選択するものだった。隣で一足先に問題を受けている学生はどうやら静雄と同じ受験生のようだった。歴史のジャンルを選択し、人名はともかく年号を聞かれ非常に悩んでいた。
 ――― 応仁・文明の乱は1467年からだよ
声には出さず、臨也は心中で言った。そして意識を静雄の方に戻した。
「受験の確認でもやってみたら?」
俺は見てるから。静雄も同意し、簡単な説明の書かれた紙を見ながらしばし悩んだ。
「そうだな……じゃあ文学で」
「文学ですね」
出題役の生徒は静雄から成績表を受け取ると、机の中から道具箱の箱を取り出した。そこには封筒がたくさんあり、すべて封がしてあった。その中から静雄は一つ引き、出題者役の生徒に渡した。彼女はそれを鋏で封を開け、紙が五枚入っているのを確認した。
「では、始めます」
なかなかに凛とした声で言われ、静雄は姿勢を少しただした。
「第一問目。プロレタリア文学で有名な徳永直の作品は何でしょう?」
「太陽のない街」
「第二問目。芥川賞、直木賞を設置したのは誰ですか?」
「菊池寛」
何だ、漢字より簡単じゃないか。静雄は答えながら思った。
「第三問目。源氏物語に至るまでに書かれた奇伝小説および歌物語は何ですか?」
「奇伝小説が竹取物語、宇津保物語、落窪物語。歌物語が伊勢物語、大和物語、平中物語」
「第四問目。森鴎外の作品を三つ答えてください」
「『舞姫』、『高瀬舟』、………あー、っと『阿部一族』」
一瞬答えが頭から消えかけた。静雄はこれが受験本番だったら最悪だな、と苦笑した。
そして第五問目も難なく答えて解答を終えると、臨也は手を叩いた。
「全問正解。さすが静雄君」
「そりゃあな。出来てなかったらまた家で覚え直しだ」
静雄も自信があるようで、正した姿勢を崩して結果を待った。
 結果は無論全問正解。受験生には易しい問題だったが、文学というジャンルも暗記分野なので触れなければ全く分からなかっただろう。

 
 そして二人は最後のスペースに進んだ。
 最終コーナーは難問ぞろいの問題のようで、「現在の最高スコア」と書かれた小さなホワイトボードには「一問」と書いてあった。恐らく勘か、偶然知っていた問題だったのか。とにかく難しいことが何となくうかがえた。
 隣の進行状況を見ると、解答する側もだが出題役の学生までもが問題を見て初めて知ったという顔をしていた。問題を作ったのはいったい誰なのか。静雄は気になった。ネットであら捜ししたのか、図書館でその手の本をかき集めて作ったのか。どちらにしろなかなか面倒な作業であることに変わりはない。正答数の低さが彼らの目論見なら成功して喜ばしいことだろう。
 ふと、臨也はあることを思いついた。
「静雄君、ここは俺にやらせてくれないかな?」
「え?」
突然の申し出に、静雄は驚いた。次いでさらに。
「あと全部正解できたら一つお願い聞いてくれないかな。俺の健闘をたたえて」
「いや、健闘って」
確かに前で解答している状況を見る限り完全解答というのは難しそうだった。しかし願いを聞くようなことでもないだろう。
「変なお願いじゃないから」
「?……まぁ、いいけど」
――― この人何を俺に聞いてもらおうなんて思ってるんだ?金持ってそうだし、頭いいし、外見も良いし、家も広いし……。
そう思うとそのお願いが少しだけ気になった。静雄からの了承を得た臨也はやる気が出たようで、鼻歌でも歌いだしそうなくらい上機嫌になっていた。
 やがて自分たちの番が来た。臨也は座り、静雄はその後ろで立った。
「どうぞ座ってください」
「いや、俺答えないから」
「そうですか……?」
別に解答せずとも座ればいいのだが、静雄は後ろから臨也を見ることにした。出題役の生徒はノートを捲り、適当なページを開いた。
「最終コーナーは多岐にわたる問題を出します。問題は全部で十問。今のところ最多正解数は隣の人が出した五問です」
静雄は正解数を五つに伸ばしたらしい横の学生を見た。確か同じクラスで、この間の試験で最下位を取ったと友人に自慢していた学生だった。
「では始めます」
生徒は視線をノートに下ろし、読み上げた。
「第一問、マリの首都は?」
「バマコ」
「!」
間隙なく答えが返ってきて、学生は顔を上げた。臨也は余裕の表情で言った。
「次の問題は?」
「あ、はい」
驚いた様子のまま、生徒はぱらぱらとノートを捲った。
「第二問、カントの生まれた町のドイツ名は?」
「ケーニヒスベルク」
「第三問、シェイクスピアの四大悲劇のタイトルは?」
「マクベス、リア王、オセロ、ハムレット」
「第四問、天使の階級の一番上は何と言う?」
「セラフィム、熾天使のほうがいいかな?」
「いえ、大丈夫です」
チェックを入れながら、さっと生徒はノートを捲る。
「第五問、マイムマイムはどこの民謡?」
「イスラエル」
詰まることなく解答する臨也に、静雄は驚きを隠せなかった。確かに「頭がいい」とは思っていたが、それは少し違ったようだった。先ほどの学生同様、この手の問題は学校の勉強とは違うのだろう。
六問目も難なく答えた。次いで生徒は足元から伏せられたフリップを拾い、机に立てた。
「第七問、これは何て読む?」
フリップには大きく毛筆で「忝い」と書いてあった。直筆のようで、なかなかに達筆だった。
「かたじけない」
それも読み解き、フリップは机に倒された。生徒はノートに視線を戻し、次の問題を探した。
「第八問、三面六臂と同義の四字熟語は?」
「八面六臂」
「第九問、ワシントン条約の正式名称は?」
「絶滅の恐れのある野生動物の種の国際取引に関する条約」
最後の一問のところで、出題役の生徒はページを最後まで捲った。
「第十問、悪魔の階級を作った人は?」
「あー、……誰だっけ?」
臨也は生徒から見てごく自然に、静雄から見てわざとらしく唸った。恐らく生徒の気持ちを汲んだのだろうが、ぽんと手を叩いた。
「あぁそうだ。セバスチャン・ミカエリス」
偽善的笑みを浮かべ、臨也は言い放った。
「し、信じられない……」
出題役の生徒が驚愕の表情で呟いた。そして臨也は震える手で渡された成績表を受け取り、静雄にも見せた。問題数分の正答数の形で示された成績表はすべて約分して一にできた。
「……最後わざとだろ」
「あれ?ばれてた?せっかくだったから彼の気持ちを汲んだつもりだったんだけど」
「答えた時点で汲んでないだろ」
再度受付に戻り、成績表を出した。文句なしの一位は明らかだった。しかし一位を取ったからといって何か商品があるわけでもなく、黒板に名前が書かれるくらいだった。
 参加記念の飴をもらい、静雄と臨也は教室を出た。
「イザ兄どうだった~?」
すると待ちわびていたかのように舞流と九瑠璃が声をかけてきた。臨也は教室の黒板を指した。もちろんそこには記録を塗り替えた臨也と静雄の名前が書かれていた。
「うわ、全問正解本当にやっちゃった!最終コーナーで絶対つっかえると思ってたのに」
「……否……可……(でも兄さんならできるかも)」
舞流はその一言に納得したようで、深く頷いた。
「まぁ面白かったよ、高校生の作った問題にしては」
「じゃ、宣伝頑張れよ」

 
 静雄と臨也は三年二組の前に戻ってきた。道中フリーマーケットや実験ショーなどの軽い出し物を何件か見て回り、ここへと着いた。もうすぐ静雄は仕事の時間だった。
「じゃ、静雄君。仕事がんばってね」
「……なぁ」
そう言って臨也は帰ろうとしたが、静雄に止められた。
「お願いって、何だよ?」
そう静雄が切りだすと、臨也は忘れていたのか、「あぁ」といった。しかしお願いの内容自体は覚えていたようで、静雄に振り返って言った。
「今度から『臨也』って呼んで。敬称もいらないから。これがお願い。変じゃないだろう?」
「……臨也」
静雄はそのままおうむ返しのように名前を言った。すると臨也は満足したのか目を細めた。
「明日の午後にまた」
「あぁ」
臨也は軽く手を振り、今度は振り返ることなくそのまま背を向けて歩いて行った。
 その背が角を曲がり見えなくなるまで静雄はその場に立ち続け、そして小さく呟いた。
「いざや……」
No.160
2012/01/07 (Sat) 22:30:44

第七話。


学校生活の華である文化祭が終わり、静雄たち三年生の目は受験へと向いた。休み時間になれば、一部の例外を除いて、ほとんどの生徒は皆各々の単語帳や参考書を開いて互いに問題を出しあうか、赤いシートで隠して語句の暗記に努めた。
「皆よくやるよねー」
その例外、新羅は教室中を見渡しながら言った。しかしかく言う彼自身も用語集を開いてはいた。最も内容は高校生では決して学ぶことのない劇物や薬品名ばかりである。そんな知識が一体どこに必要になるのかと思わせるくらいだった。
 その隣の席で、静雄は黙々と紙を読んでいた。
「静雄は何を読んでいるの?」
「臨也が書いた解説。それより分かりやすいんだよ」
それ、というのは参考書に付いていた厚い解答解説の別冊子のことである。使わないのであれば持ってこなければいいのに、と新羅は思った。
 ――― まぁ、臨也だしね
新羅は頬杖をついて用語集を眺めた。以前怪我の治療代の代わりに、半ば嫌がらせのつもりだったが、K大の世界史の問題を突き付けたことがあった。臨也は数分それを眺め、やがて一言。
『…なんだ。そういうことか』
そして数分で答えを書いて去っていった。お世辞にも上手いとは言えない文字と模範解答を見比べれば、解答の要点をすべて押さえており、かつ模範解答よりも自分たちが書きそうな構成で、早い話完璧な解答だった。
 ――― って、“臨也”?
ふと新羅は再度静雄の方を向いた。
「静雄名前で呼んでたっけ?」
「あ。……まぁ、頼まれて」
そこを指摘されるとは思っていなかった静雄は言葉を濁し、先日の文化祭でのことを軽く説明した。
「はぁ……律儀だね」
 ――― 臨也も何頼んでいるんだか。
新羅はやれやれと言わんばかりに首を振り、肩をすくめて見せた。
よくよく考えればおかしな話であった。いくらお願いと言われても、年上の人を名前で呼び捨てにするのは敬語とは違う。文字数が減ったため呼びやすくはなったのだが、静雄は今一つ落ち着かなかった。
 始業のチャイムが鳴り、生徒が各自の席に着くと化学の教師が入ってきた。起立と礼を省略し、教師はまずチョークを手に取り黒板に書き始めた。字を目で追っていけば、『中間考査範囲』の文字。
「試験一週間前だから、各自でメモっておくように」
そう言って、教師は教科書を開いた。生徒たちはノートの端や机の隅にそれを書き写した。静雄もルーズリーフの端に書き留め、鞄の中から教科書を取り出そうとした。すると携帯の受信ランプが点滅していることに気づいた。教師の目を盗んで開くと、送信者の欄に母親の名前が入っていた。
 ――― 母さん?
何だろうと思いながら、静雄はメールを開いた。
 
『ごめんね。今日ちょっと仕事が長くなりそうで遅くなるから、夕飯頼んでもいい?』
 
ここで否という返事は返せない。むしろ静雄にとっては少し好都合だった。短く「わかった」と打つと送信ボタンを押し、携帯を鞄に戻した。
 授業が、まだ一時間目なのだが、学校が早く終わることを静雄は願った。
 
 新宿。
 静かな空間で、臨也はコーヒーを片手にパソコンに向かっていた。書類作成にチャット訪問、情報検索、連絡と、やらなければいけないことがたくさんあるのだが本人は至って余裕の表情でキーボードを叩いていた。なぜならチャットと情報検索はラップトップで行い、デスクトップで臨也は情報検索と連絡を行っていた。そして書類作成は波江に任せていた。
 ふと時計を見ると、十二時を幾分か過ぎていた。
「一回休憩して昼食でも食べようか」
「そうね」
波江は書類を上書き保存し、パソコンをスリープ状態にした。そして椅子から立ち上がるとそのままキッチンへと入っていた。臨也はラップトップでの作業を中断した。
「今日は何を作ってくれるのかな?」
頬杖をつき、そう笑顔で尋ねるが、波江の反応は冷やかであった。
「先に言っておくけれど、貴方の注文を聞く気はないわ」
「いや、俺は別に何でもいいよ。人が作った料理なら」
そう言うと、臨也は情報検索のため、デスクトップの画面に視線を移した。
 キッチンに立ったまま、波江は溜息をついた。そして独り言を臨也に聞こえるように言った。
「サラダとインスタントにでもしてやろうかしら」
「それは勘弁!」
がたりと椅子から音を立てながら立ち上がり、臨也は大きな声で拒否を示した。
「冗談よ」
しれっとした態度で波江は返し、棚から食パンを取り出しトースターに入れた。そして冷蔵庫からハムや卵、レタスを取り出した。サンドウィッチである。
 ――― 波江さんが言うと、洒落にならないからなぁ……
少しだけ嫌そうな顔をしながら、臨也は椅子に落ちるように座り、ほっと息を吐いてパソコンに意識を戻した。
 
 何かがおかしい。
 静雄は下校途中、直感的に感じた。別段静雄の周りに変化はない。大通りを普通に人が往来し、しゃべり、横断歩道を渡り、車が高架下を走り抜けている。風景自体に変化はない。おかしいのは、自分を取り巻く空気だった。異物が内側に入ったような気持ち悪さを感じた。
 ――― 何だ?これ。
左右を見るが、別段変なものはない、
「……」
と思ったが、一人の人間が静雄の目に留まった。
 その人間は今から静雄が渡ろうとしている横断歩道の向かいにおり、携帯を弄っている。見た目の年齢の割にその指は早い。
 信号が赤から青に変わった。大勢の人間が渡り始めた。その男も例外なく、こちらに歩いてきた。
 静雄は踵を返し、男に背を向けて歩き出した。
そのまま首都高沿いに歩道を進み、後ろに注意を向けた。あの男は背後にいた。たまたま同じ方向かも知れないが、静雄は次いで比較的広めの路地に入った。
「……」
やはり男は背後にいた。相変わらず携帯を弄っているが、長すぎる。女子高生でもないのにここまで弄るのはおかしい。
 静雄はさらに細い路地に入り、振り返った。その瞬間小さな金属音が耳に入った。見れば、先ほどの男がナイフを振り上げていた。
「ッ!」
静雄は空いた腹部めがけて拳を突き出した。男は軽々と後方に吹っ飛び、壁に激突して崩れた。男が手放したナイフが皮膚の表面を掠り、赤く滲んだ。
「何だってんだ」
静雄は地面に落ちたナイフを靴の踵で踏みにじった。いきなりナイフを振りかざすなど非常識にも程がある。男が起き上がって来ないことを確認すると、静雄は路地を抜け、広い道に戻ろうとした。まさにその気を抜いた瞬間だった。
「?!」
建物の陰から飛び出してきた男がまた切りつけてきた。しかし刺さることはない。静雄はそのまま男の襟を掴んで投げ飛ばした。
 しかし。
「…あ?」
くぐもった音が一発、二発、三発と聞こえた。急に足から力が抜けた。撃たれたのだと気付いたのは、その場に倒れてからだった。右太腿と左腹部、そして左肩。貫通はしていなかった。幸いにも肺は無事のようで、呼吸に問題はなかった。
――― 痛い。
しかしこのまま伏せていてはいけないと思い、腕を立てて立ち上がろうとしたが、体を起こすことができなかった。力が抜けてしまった。
 ――― あー、急所いったのか?これ
すると、視界が霞み、音が遠ざかっていった。
 ――― やべ、意識が……
「まずい、『折原臨也』が来た!」
 ――― 折原、臨也……?
最後に聞こえた名前に、静雄は納得した。あの最初に感じた違和感は“これ”だったのかと。
 そしてそのまま、意識を手放した。
 
橙の陽が差し込んでいた。確かこの天井は来良総合病院だったっけな、と記憶をたどった。
「目、覚めた?」
ぼんやりとする頭を右に動かすと、臨也の姿が目に入った。
「……」
「何で俺がここにいるのかって聞きたそうな顔だね。丁度君の所に行こうと思っていたらなんか変な音が聞こえてさ。駆けつけてみたら君が倒れていたんだ、……血塗れで」
そう言った時の臨也の顔はどこか蒼白だった。
「お母さんは今医者と話してるよ」
それを聞いて、静雄は午前中のメールを思い出し、悪いことをしたなと思った。それよりも今はこの男に聞きたいことがあって仕方がなかった。
呼んで来るよ。そう言って立ち上がった臨也の手首を静雄は掴んだ。
「なぁ、臨也」
静雄は肘をついて起き上がり、臨也を見上げた。
「何?」
そう聞き返す臨也の顔にはいつもの温和な笑みが張り付いていた。今の静雄にとってはそれが鬱陶しくて仕方がなかった。
「お前、何か隠してるのか?」
「別に何も」
突然どうしたの。そう臨也は言った。その声に僅かな震えを見抜き、静雄はさらに被せた。
「何で俺を刺した奴らが、お前のこと知っていたんだ?」
「!…それは」
臨也は目を見開き、そして表情を取り繕うと視線を静雄から外し、言葉を濁した。静雄は手を伸ばして臨也のコートの襟をつかむと、自分の方に引き寄せた。静雄のほぼ真上に臨也の顔がきた。目を合わせるのが億劫なのか臨也は目を伏せたまま気まずそうな表情をしていた。
「お前」
更に聞きこもうとしたところで、病室の引き戸が開いた。母親と幽だった。
 静雄はばっと手を離した。そして臨也は機会を得たと言わんばかりに身を翻しドアの方に進んだ。
「じゃあ、私はこれで。お大事に」
そう母に会釈をして逃げるように病室を出て行った。外に出て丁寧にお辞儀をする母を背に、幽は静雄の横に立った。そしてひざを折り静雄の視線に合わせた。
「何かあったの?兄さん」
「いや……」
静雄は手首を掴んでいた手をじっと見つめた。
 
「…そッ!!」
だんっ、と臨也は壁を叩いた。しかし誰も振り返らない。振り返る人がそこにはいなかった。音だけが空しく反響した。
 路上に血まみれで倒れていた静雄を見た時以上に肝が冷えたことはなかった。臨也は壁に寄りかかり、ぎりり、と歯を食いしばった。そして病院であるにも関わらずポケットから携帯を取り出し、ある場所に電話を掛けた。それは数か月前、池袋の裏を取り締まってもらうように頼んだ場所であった。
「…どういうことですか」
『あなたに頼まれたことはちゃんとやってますよ』
電話越しの低い声は淡々と言った。間違っていないのだがその返事に苛立ちを感じながら、臨也は返した。
「彼らの現在はご存じで?」
『それはもちろん。しかしこういったことはあなたの専門ではありませんか?』
「…まぁ、そうですね」
どうやら教える気はなさそうだ。失礼します。そう言って臨也は電話を切った。確かに自分はあの資料については彼らに手を回してくれるように頼んだ。そして確かにあれは資料外の、数か月前に“捨てた”集団だった。臨也は自分の楽観さを呪った。
 ――― 絶対、消し去ってやる
携帯電話を握りしめ、獲物を捉えた狩人のような鋭い目で臨也は窓の外を睨んだ。
 
 自前の回復力が功を奏し、本来入院三カ月の所静雄は一週間で退院した。うち終わりの三日は殆ど寝て起きての暇な生活だった。担当していた医者もその回復力に驚いたが、疑問も何も言わずに静雄を家に帰した。迎えに来た母親の車の後部座席に乗り込み、静雄は病院を一度だけ振り返った。
 ――― 結局、来なかったな
あれから退院までの一週間、臨也は病室に姿を見せなかった。あの時詮索の気はなかった。ただ分からないことを知りたかっただけだが、臨也にとってまずい部分を聞いてしまったのだと、あとから後悔した。しかし二週間も何をしているのだろう。
 家に着いて久しぶりに携帯を開くと、何件かメールが受信されていた。それはすべて新羅からのもので、容体を窺うものや授業の連絡などであった。
 
 学校に行くと、ついこの間中間考査が終わったというのに、二週間休んだということも相まって、もう期末考査の範囲が発表されていた。新しく学ぶ勉強が終わっていて助かったと静雄は思った。今はセンター試験に向けての復習や演習が殆どで、何とかなる気がした。
 昼食を終えて残りの昼休みに騒ぐ教室の引き戸を開けると教室中の視線が集まった。しかしそれも一瞬のことだった。各々のやるべきことに意識を向けた。だが彼らの表情はどこか明るく見えた。
 そしてどうやら二週間の間に席替えをしたらしく、自分の前の席には別のクラスメイトが座っていた。さて自分の席はどこだろうか。そう考えていると後ろから背中を軽く叩かれた。
「やぁ、静雄。もう退院したのかい?」
「まぁな」
新羅が声をかけてきた。肯定の返事を聞くなり表情が面白いものを見つけた子供のように明るくなった。そのまま新しい席まで案内してもらい、静雄は席に着いた。新羅は前の席の椅子の背に腰を預けた。
「やっぱり君はすごいね!全治三か月を一週間で完治させるなんて!本当もうぜひ検査したいよ!」
その目は興味と好奇心に輝いていた。それを見て静雄は深いため息をつき、両手を新羅へと伸ばした。
「少しは心配してくれてもよかったんじゃねーのか?」
「いだだだっ、だって、静雄だから大丈夫だと思ってええぇぇぇっ!」
おーよく伸びるな。そう思いながら静雄は新羅の頬を引っ張った。手を離せば新羅は両手で赤くなった頬を挟んだ。そして涙目になりながら自分を見上げ、文句を言った。あまりに日常過ぎて思わず笑ってしまった。
 そして予冷が鳴り、残り少ない学校生活が始まった。
 
 以前取引したことがあった組織だと判明したため外郭の情報は手に入った。しかしながらこれはと決め手になるような重要な情報はなかなか見つけられなかった。特に深入りもせずまた一度無くなったような組織だったからだ。臨也は文字がずらりと羅列された資料をデスクに積み、背もたれに体重を預けて長い息を吐いた。外を見れば何度となく昇り沈みを繰り返した太陽がまた真上を向いていた。その眩しさに目を顰めながら、臨也はブラインドを閉めた。途端に室内は薄暗くなり、急に下がった体感温度に身震いがした。
 波江にも休みを与えているため、今は仕事場には臨也しかいない。
 ――― シャワー浴びよう
欠伸をしながら、臨也は立ち上がり二階の浴室に向かった。
洗面所で鏡を見ると目の下には隈ができ、とてもひどい顔をしていたため思わず苦笑してしまった。昨日から着たままの黒いシャツを脱ぎ、ジーンズも下着も脱いで浴室に入った。
 給湯器のボタンを押してシャワーを浴槽内に流す。次第に流れる水は湯気を立て始め、ちょうどいい温度になったところでそれを臨也は頭からかぶった。その温かさにほっとした。休息は考えをまとめるのに必要な時間であり、睡眠も記憶の整理に必要な時間だと以前どこかの論文で見た気がした。さすがに根を詰めたと自覚している臨也は一度デスクから離れることに決めた。
まだ足りない。もっと必要だ。それでも感情は先走る。
 ――― 一応、後で確認に行くか
疲れはいつの間にか飛んでいた。曇った鏡をさっと手で拭き再度鏡で自分を見ると、外で見た時とは違う表情の自分がそこにいた。
 
 夜。静雄は自分が刺された現場に来た。血痕はだいぶ洗い流され、きつい消毒剤の臭いも薄まり、暗い中で見る分には何の変わりない道路に変わっていた。要は何も残っていなかった。それほど繊細にできているわけではないので静雄は現場を見ても特に何も感じなかった。ただ漠然とあぁここだ、そんな感じだった。
 自分が倒れたあたりに近づいてその場に膝をついた。銃撃の衝撃は背後からだった。記憶に従って振り向くと丁度高いビルが目に入った。多分あの辺りから撃ってきたんだな。沸々と怒りが込み上げるが、その場所に犯人がいるはずもないので仕方なく静雄は近くの壁を殴っておいた。壁にはひびが入りぱらりと破片が落ちた。
ぱきりと何かを踏んだような音が聞こえた。
 誰だと思いばっと静雄は音のした方を振り返った。すると真っ黒な人間が一人立っていた。
それはいつしか見たあのフードの男、“情報屋”だった。街灯がこちら側にあるため顔が見えるかと思ったが見えたのは下半分だった。上部は目深にかぶったフードのせいで影となり表情は見えなかった。
「おい」
そう声をかけると情報屋は大袈裟な反応を見せた。こちらが見えていなかったのかと思わせるくらいあからさまな反応だった。
彼はくるりと体を回し、何も言わずそのまま駆け出した。
「ちょ、待てッ!」
逃げられたことへの反射的な反応だった。静雄はその後を追った。
 静雄は足が速い。しかしそれ以上に情報屋の足は速かった。いや走るのが上手かった。入り組んだ道を無駄のない動きで右へ左へと走り軽い障害物は難なく飛び越えた。どこかの刑事モノの逃走劇を思わせたが、袋小路に入った。
「っし!」
情報屋は足を止めた。静雄は一気に距離を詰めその腕を掴もうと思い手を伸ばした。
だが情報屋の手は静雄の手から上方に逃げた。
「え?」
何も掴めなかった手をそのままに静雄はその手の動きに沿って上を見た。情報屋は慣れた手つきで壁の表面を這う管を掴み、勢いを殺さずに壁の上を走っていった。
 ――― 壁登った…、あの時!
あの時姿が消えたのは上に逃げたからなのかと静雄は結論をつけた。このあたりは割合低く古いビルが多かった。立ち止まっていては逃げ切られてしまう。
 静雄も負けまいと、見よう見まねで膂力を使って無理やり壁を登った。
「!」
それに驚いたのは屋上まで上がり静雄の様子を窺っていた情報屋の方だった。慌てて踵を返し、深く被ったフードを押さえながらビルからビルへと飛び移った。
「待ちやがれ!」
登りきるなり、静雄はその背を休憩することなく追った。アクション映画のような感覚に静雄はわずかな興奮を感じていた。
 しかしその“追いかけっこ”もビルから排水管を緩衝材に伝い降り大通りへ出てしまったところで終わった。
路地を抜け60階通りの人ごみに紛れ込まれ、静雄は情報屋の姿を見失った。
「ちっ…」
前後左右四方八方を見まわすが、無駄であった。静雄は一つ舌打ちをすると、その流れに乗らず東急ハンズのエントランスの柱に背を預けて息を整えることにした。思った以上に体力を使った。まさかビルの上を走るとは思わなかった。情報屋の動きも、素人目だがその道のプロではないようだった。本当に逃走用だけに学んだのだろう。
 ――― ……帰るか
わざわざ現場に戻るのも面倒に思い、何もすることがなくなり、静雄は帰路についた。
 
 ――― 危なかった
人ごみの奥から、「情報屋」の臨也はじっと静雄の姿を確認しながら動いた。
 
 そしてこの時ほど、家庭教師の時間が気まずいことはなかった。
 自分がノートに文字を書く音が大きく感じるくらい、恐ろしいくらいに静かだった。ちらりと臨也の方を見るが、何かをずっと考えているようで心ここにあらずといった状態だった。質問をすると普通に答えは返してくれた。ただそれ以上の会話はなく、機械のような時間だった。
「臨也、この英文の訳なんだけどさ」
問題集を見せながら、静雄は臨也に問うた。臨也はぼんやりとその問題を眺めた。
「……それは強調構文だね。あとこの時におけるhouseの意味は泊まるって意味だから。あとはこのthat以下はここに掛かってきて、さらにwhichでこの単語は説明されているから」
その声に感情はなかった。そこで説明は止まり、静雄は机に身体を戻した。
やはり何か変だ。そう静雄は思った。臨也が今までにこんなに“感情がない”ことは無かった。さらに病院では逃げたのに家庭教師として臨也は普通に現れた。何であの時答えなかったんだと文句の一つでも言えたらもっと違う展開が待っていたのかもしれなかった。しかし家に来た時点からずっとこの調子で、尋ねたところで明確な答えが期待できなかった。いやむしろ意地でも答えないだろう。所詮臨也と自分は家庭教師とその生徒という関係であり深入りする必要はないのだと考えることにしたが、どこか納得できずまた悔しさに似たものを感じた。
臨也は時折目を擦り、目薬を点していた。それは今までになかった行動であった。
「大丈夫か?」
思わず静雄は尋ねた。
「大丈夫だよ。ちょっと目が乾いてさ」
そう臨也は返すがその顔に生気はなく、返事が全く信じられなかった。
 
 三時間が経ち、臨也は帰り支度を始めた。コートを羽織り鞄を抱えて部屋を出て行く。静雄も勉強道具を今日はそのままにして玄関まで見送った。
「じゃあまた」
「あぁ」
がちゃん、とドアが閉まった。
 
 時間があるときには静雄は学校帰りに池袋の街を動き回った。あの場所に来たということは、自分の事を調べているのだろう。そう推測を立てて細い道を中心に巡った。しかしなぜあの情報屋が自分の事を調べまわっているのだろうか。それが疑問だった。接点はてんで思い当たらない。向こうが自分を知らないことは多分ないだろう。だが彼が関わるような社会に足を突っ込んだ覚えは全くない。裏社会に目でもつけられたかとも思うが、生憎と喧嘩を売ってきていたのは不良学生ばかりである。そんなはずはと思いつつも彼らが実はつながりがあったのかと思い始め……諦めた。これ以上考えていても考えるだけ無駄だと結論付け、静雄は校門を抜けた。
 
 二時間が経過し、家での勉強のことも考え今日は帰るかと思っていた矢先のことだった。
 家に帰るために角を曲がったが、すぐにその角の建物に身を隠した。
 ――― ……いた
建物の物陰から静雄は様子を窺った。情報屋の横にはもう一人見覚えのある人が立っていた。確か文化祭の時に臨也が挨拶をした人だ。たしか名前は門田。彼は情報屋と何か喋っていた。知り合いだったのか。しかし会話の内容までは聞こえない。
静雄は注意深く様子を見ることにした。情報屋を明るいうちに見かけるのは二度目だったが、じっくり見るのは初めてだった。その後ろ姿は覚えのある人物に妙にかぶった。
――― あれ?あいつって……
 
「や」
同時に肩を叩かれ、自販機でコーラを購入しようとしていた門田は振り向いた。
「臨也か。何だ、昼間っからそんな恰好して」
門田は臨也の身なりを見ていった。いつも黒いコートを着ているのは見慣れていたが、日中からフードを被っている様子はおかしかった。まして周りに注意を払うように深く被っていた。
「ちょっと面が割れると困るからね」
臨也は自販機横の壁に背を預けた。
「あぁ、あいつにか」
すぐに合点がいった。門田の様子に臨也は一つ頷いた。
「最近俺のこと探してるみたいでさ」
池袋のあちこちを歩き回っている静雄を臨也は何度か目撃した。
あの夜、まさかあそこで静雄に会うとは思わなかった。何とか撒くことはできたが次はないかもしれない。あの時は本当に焦ったと、今でもその感覚を鮮明に覚えている。
 門田は缶のプルタブを開けた。炭酸特有のガスの抜ける音とともに泡の立つ音がわずかに聞こえた。
「で、どうなんだ?状況とやらは」
「まぁまぁ駒はそろってきたよ。あとは仕上げに火を放てば終わり。全く我ながら自分の力を褒めたいよ」
そう言いながら、臨也は手でライターの火をつける真似をした。それを見て、門田は缶から口を離し溜息をついた。
「お前、いつかやられるぞ」
「その時はその時、対処するさ」
それができない自分ではない。臨也は言った。
 そこで会話が止まった。臨也は見かけて声を掛けただけで、門田も特に臨也と話す話題を持っていなかった。首都高速を走っていく車の音、表を歩く人々の喧騒が遠くのように聞こえた。このあたりは裏通りなので人も滅多に通らない。時折スーツを着た男性が抜け道代わりに使うか、電話をかけるために立ち寄るくらいだった。
そこはとても静かで、つい臨也は呟いた。
「まぁ、ちょっと今回は無理したかもしれないかなぁ……」
「?」
空になったコーラの缶を、門田が自販機横にあったごみ箱に捨てて臨也の方を振り返るまえに、落下音が鳴った。門田は反射的に振り返ると臨也が消えていた。
そのまま視線を下ろすと、地面の上に倒れていた。
「おい、臨也」
慌てて口元に手を置けば規則正しい呼吸を繰り返していた。それを感じて門田は安堵の息を吐いた。
「……俺はタクシーじゃねぇっての」
そう呟きポケットから携帯を取り出したところで「臨也!」という声を聞いた。
 
 静雄は思わず駆け出していた。幽からの近々家に帰るというメールに気を取られてしまった間何があったのか、次に視線を戻したときには臨也は倒れていた。
 しかし飛び出したところでどうなるのか。そこを考えていなかった。
「お前……」
「ッ!」
門田は携帯電話を手にした不自然な状態で静雄を見上げた。もしかしてまずい間合いで出てきてしまったか。そう後悔したが、門田は特に何も言わず臨也に苦笑いを向けたまま電話を繋げた。会話の内容を聞く限り、臨也を家へ運ぶようだった。
 二件掛け終えて電話を切り、門田は静雄の方を向いた。
「連れに車を回させるんだが、臨也運べるか?」
「え?あぁ」
標識を軽々と回せるのだからそんなことは容易いことだった。しかし目の前の門田も臨也を運ぶには十分な体格を持っているように見えた。わずかに疑問を感じつつ、静雄は臨也の傍に膝をついてその身体を背負った。静雄の鞄は門田がすでに持っており、その後を追いかけた。
 着いた場所はシネマサンシャイン付近の駐車場で、かわいらしい女の子の絵が描かれた銀色のワゴン車が止まっていた。門田は開いたウィンドウから運転手に話しかけた。
どうしようかと考えていると、ワゴンの後部座席のドアが開いた。
「こっちこっち」
「どうぞっす」
「あ、はい」
静雄は先に臨也を倒されたシートに寝かせ、降りようか迷っていたところドアが閉められてしまった。とりあえず座席に座り直しシートベルトをつけた。
 ふと横を見ると二人が座席から顔をのぞかせて臨也を見ていた。
「イザイザって寝顔可愛いんだねー」
「意外な盲点ですね」
女性の方が指で頬をつつこうとしていたところ注意が飛んできた。
「おい、あんまりちょっかい出すなよ」
酷い返り討ちが待ってるからな。そんな音声が含まれていた気がした。彼らは大人しく返事を返し、そのままよくわからない話題で盛り上がり始めた。百合?ツンデレ?いくつもの分からない言葉に疑問符が飛んだ。
 門田が助手席に乗り込むと、車は裏道を抜けて首都高沿いに、新宿に向かった。
No.159
2012/01/07 (Sat) 22:29:47

第八話。


 目を開けると硬い地面はなかった。かわりに背中には柔らかいベッドの感触があり、ひどく落ち着いた。
 ――― ここ、俺の家?
確かに天井も電灯もベッドから見える部屋の構造も臨也の部屋のものだった。あれ俺ってドタチンと話してなかったっけ。そう考えながらがんがんと痛む頭を押さえて起き上ると思わぬ顔に出くわした。
「起きたか」
焦点が合う前に目の前で金髪が動いた。この部屋に他人を入れたことは無い。すぐに身体が動いた。
「うぉっ!」
シーツを煙幕代わりに用いて相手に被せると、臨也はベッドから飛び降り枕の下に隠していたナイフを向けた。次いで椅子が倒れる派手な音がした。
「何しやがッ」
シーツを掛けられた方は慌てて顔を出すなり怒鳴ったが、目の前にナイフの切っ先を向けられているのを見てすぐに押し黙った。
「え?は?静雄、君……?」
その人物の顔をちゃんと見て臨也は驚き、ゆっくりとナイフを下ろした。しかしその驚きはすぐに焦りに変わった。ナイフなんてふつうの人は枕の下に入れていない。まして人に向けることなんてありえない。だが向けてしまった事実は消えない。まずいまずい非常にまずい。
おそるおそる静雄の方を見れば向こうも驚いた顔でこちらを見ていた。
――― 冷静になれ、冷静になれ折原臨也!
異常に速くなった鼓動を抑えるために静かに二、三度深呼吸をして、冷静を繕って臨也は言った。
「何でここにいるの?」
「……門田さんと喋ってる最中にお前が倒れて、そん時たまたまその場に居合わせて……いや違う、ずっと見てた。お前が倒れるところは見てなかったけど、門田さんの友達がここまで車で運んで、部屋までは門田さんと俺が運んだ。あと新羅も来てる」
「そう」
臨也は静雄の言葉に推測を加え、自分が倒れた後の記憶を作り上げた。しかし引っかかる点が一つ。静雄は偶然ではなく必然で居合わせたと言った。
つまり、情報屋の姿を見られていたということである。
―――見てたって……
情報屋としては確かまだ面は割れてないし、あの時も顔は隠していたよな。臨也は記憶を手繰った。
そこで矛盾に気付いた。静雄は自分じゃなくて情報屋を探していたんだ。だから居合わせたんだ。そして情報屋が自分だったということだ。気を付けていたのに、何てざまだ。
「……」
「………」
「…………」
「……………」
沈黙が辛かった。かちこちと部屋に置かれた時計が針を進める音が聞こえた。何かを言おうとは思うが、口を開くまでに至らない。あぁだこうだと頭で考えて終わってしまう。
 するとその沈黙を破るかのように扉が開いた。
「なんかすごい音聞こえたけど」
扉の先から顔を出したのは新羅だった。恐らく門田が念を入れて呼んだのだろうと臨也は思った。しかし彼の姿が見えない事からもう帰ったのだろうと思った。
新羅は臨也と静雄を交互に見て、そして床に落ちたシーツを見て推測をそのまま口に出した。
「もしかして臨也が目覚めて静雄の顔を見て驚いてナイフ向けちゃったりしたの?」
その言葉に、当事者二人は顔を見合わせた。
「……その通りだよ」
「お前エスパーか?」
「本当なんだ……冗談のつもりだったんだけど」
室内に入り、新羅は倒れた椅子を立てて座りなおした静雄の横に立った。臨也は床にあるシーツを拾ってベッドに座った。
「一応診たところ、門田さんの言うとおり寝不足だね。あと軽い失調も」
「ここのとこ碌に食べた記憶ないから仕方ないね」
淡々と続く新羅の言葉に心当たりがないどころか自覚するほどにありすぎるため、溜息しか出なかった。自己管理には自信があったつもりだった。
「まだ眠いだろう?もう少し寝るといいよ」
そう言われると、思い出したかのように眠気が襲ってきた。一つ欠伸をして臨也はベッドに横になった。
「そうするよ」
扉に背を向けて、シーツを被り直し枕に頭を沈めた。
「じゃ、僕は帰るよ」
「わざわざ新宿までご足労様」
ベッドの中から手を振って、臨也は新羅を見送った。ぱたんと一度扉の閉まる音が鳴った。
 そして室内は静かになった。しかし一人にはなっていない。静雄がまだ椅子に座っている。背後を気配だけで窺うが、出て行く様子は感じられなかった。
 ――― 予測していたことではあるけど。
短く息を吐いて臨也は起き上がった。眠さ特有の気怠さはあるがぱたりと倒れることは無いだろう。
「さて」
「寝ないのか?」
「寝ないというより、寝れないよ」
静雄の質問に肩をすくめて臨也は答えた。
「聞きたいことがあるだろう?いろいろと」
そう臨也が尋ねると、静雄はすこし視線をさまよわせてから一つ頷いた。
「まぁ、俺もいろいろ話したいことがあるからさ」

 
 場所を私室から職場へと移し、臨也は気付け代わりに自分用に苦めの、静雄用に甘めのコーヒーを淹れていた。
 その間、静雄は初めて見る部屋に視線を巡らせていた。正面を見ればテレビがあり、背後には少し離れた壁沿いに大量の整理されたファイルが納められた棚があり、左手にはパソコンが二台置かれたデスクがありその先のガラス張りの壁はブラインドが閉じられている。夏休みに行った“家庭教師”としての臨也の家ではないことは来たときから分かった。
「そんなに珍しいものでもあった?」
ゆらゆらと湯気経つカップを二つと水を絞ったタオルをトレーに乗せて来た臨也は、それをトレーごとテーブルの上に置いた。
「いや、ここは初めてだなって」
「普通だったら君みたいな子が来る場所じゃあないしね」
ここは情報屋の事務所だよ。臨也はそう言った後カップに口をつけた。
「さて、ドタチンからはどれくらい聞いてる?」
「……情報屋が本職ってこととか、人間愛?をもってるってことか、臨也が倒れるまで何をしてたとか」
「情報屋ってどんなものかはわかるよね」
「あぁ、なんとなくな」
静雄はコーヒーを手に持ったまま答えた。
臨也はカップをテーブルに置き、椅子の上に片足を上げてそこに腕を乗せて続けた。
「一応言っておこうか。基本的に俺の仕事は人が求めてる情報をその人に売ることだけど、取引の仲介もするよ。中身はまぁ火器に銃器に動物などなど。麻薬は扱ったことは無いし扱う気もない。ナイフは仕事柄恨みをよく買うから護衛のためにね。ときどき脅しに使うこともある。それと人間愛って言い方されるのはあまりいい気分じゃないけど、確かに俺は人間が好きだよ。愛していると言っても過言じゃない。人種も民族も国籍も何もかもを越えてね。俺の予想通りに動く奴もいればそうじゃない奴だっているし、簡単に動く奴もいればてこでも動かない奴もいる。同じ存在は二つとしてない。だから見ていて飽きない。まぁ、なかには外れる奴とか例外がいたりするんだけどさ」
最後の一文を、臨也は静雄の方を見ながら言った。
 静雄はコーヒーを飲みながら、長い臨也の言葉を咀嚼した。
「お前は人間が好きで情報屋をやってるわけだな」
「そうでもないとこんな仕事やってられないよ」
足を下ろして組みながら臨也は言った。
「家庭教師は丁度いい情報源として使ってるんだ。高校生の噂話や世間話は一虚一実で面白いからね。そんな噂でも活用できることもある。あとは学を落とさないためにもかな。馬鹿じゃやっていけないだろうし」
「悪かったな、使えない高校生でよ」
「君が悪いという必要性はどこにもないよ」
そう言われればそうだ。静雄は特に返さずコーヒーを啜った。
「あとは君を襲ったやつらに関していろいろ探ってたことだけど、彼らが俺を知っていたのは前にその組織を追いつめたのが俺だったから。結局そこは一度解散したみたいだけどしぶといみたいで今度は君に目を付けたみたいでさ。おもにその異常なまでの膂力に関して」
「……こんな力の何がいいってんだ」
静雄は思わず手に力を入れてしまった。がちゃんとカップが崩れ、まだ幾分か熱いコーヒーが手を濡らした。こうなることを予想していたのか、臨也は慌てることなくトレーにあるタオルを手に取り、静雄の手に当てた。
「悪い……」
「気にしないで。第一者から見ればそれは確かに要らないかもしれない。でも人体に関する研究をしている人たちにとっては興味がそそられる対象なんだよ。それは経験しただろう。それに君のことだから普通の方法じゃ捕まえられない。だから凶行に及んだってわけ」
幸い制服のズボンには付かなかったが、ジャケットやシャツの袖に幾らか付いてしまった。ある程度はタオルで抜いたが、ちゃんと洗わないとしみが残りそうだった。
「うまいこといけば交渉材料にも使えるだろうね。組織再興のためにもさ」
ついでにかけらをタオルに集めて包み、テーブルに置いた。
 臨也は椅子に戻り、息を吐いた。
「さて、一応一通り答えたつもりだけど」
何か質問とか、他に訊きたいことはある。臨也は問いかけた。
「別に」
小さな声で静雄は答えた。まだ頭の中の処理が間に合っていなかった。自分が交渉材料になるとは思いもしなかった。そんなフィクションじみた話が実際に起こることなんかないだろうと思うが、その考えはきっと自分がそっち側にいないから思うことなのかもしれない。
「君を襲ったやつらに関しては俺が何とかしておくよ。一度潰した組織がまた再興になったら情報屋としての信用が落ちるからさ」
臨也は立ち上がって、デスクに置かれたパソコンを指で叩きながら言った。
「俺も手伝う」
静雄は立ち上がってすぐに返したが、断られた。
「受験生は家で大人しく勉強していないとだめだよ、静雄君」
臨也は再びソファに近づき、ソファの足下にあった鞄を拾い、静雄の背を押して玄関へとすすめた。
「おい、何しやがる」
「そろそろ帰った方がいいと思うよ。夜の新宿は物騒だから」
そう指摘されて時計を見ると、もうすぐ九時になろうとしていた。反論できず、静雄はしばらく押し黙った。
「ちゃんと食って寝ろよ。じゃあな」
「分かってるよ」
まるで親のようなことを言い捨てていく静雄に苦笑しながら、臨也は見送った。
 
 隠していたことはほとんど話した。ただ話すべき重大なことを一つ除いて。
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プロフィール
HN:
獅子えり
性別:
女性
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大学生
自己紹介:
日本の真ん中あたりの都市に住処有。最近有名になった大学に在学。ドイツ語専攻中。ゲームは日常の栄養剤。小説書くのは妄想を形に(笑)本自体が好きという説明しがたく理解されにくいものを持っている。横文字は間違える。漢字は得意な方。英語は読み聞きはいいが話せない。他は自己紹介からどうぞ。
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