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日常/感想/二次創作小説※重要。小説へはカテゴリーの一覧から飛んでください。取扱CPはDRRR:臨静臨/APH:東西&味覚音痴/異説:78中心天気組/黒バス:赤降赤/VGユニット:騎士団航空海軍他。DRRRは情報屋左推奨中。TV小説漫画DVD所有。APHは東西LOVE独語専攻中。漫画全巻CD原作柄所持TV二期迄。異説はもう天気組愛。原作は7のみ。コンピ把握。81012は動画攻略wiki勉強。究極本厨。赤降気味でリバOK。VG擬人化フレイム・サンダー辺りとか。コメント・誤字指摘歓迎します!!転載とかはご遠慮願います。
No.
2024/11/21 (Thu) 20:44:45

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No.160
2012/01/07 (Sat) 22:30:44

第七話。


学校生活の華である文化祭が終わり、静雄たち三年生の目は受験へと向いた。休み時間になれば、一部の例外を除いて、ほとんどの生徒は皆各々の単語帳や参考書を開いて互いに問題を出しあうか、赤いシートで隠して語句の暗記に努めた。
「皆よくやるよねー」
その例外、新羅は教室中を見渡しながら言った。しかしかく言う彼自身も用語集を開いてはいた。最も内容は高校生では決して学ぶことのない劇物や薬品名ばかりである。そんな知識が一体どこに必要になるのかと思わせるくらいだった。
 その隣の席で、静雄は黙々と紙を読んでいた。
「静雄は何を読んでいるの?」
「臨也が書いた解説。それより分かりやすいんだよ」
それ、というのは参考書に付いていた厚い解答解説の別冊子のことである。使わないのであれば持ってこなければいいのに、と新羅は思った。
 ――― まぁ、臨也だしね
新羅は頬杖をついて用語集を眺めた。以前怪我の治療代の代わりに、半ば嫌がらせのつもりだったが、K大の世界史の問題を突き付けたことがあった。臨也は数分それを眺め、やがて一言。
『…なんだ。そういうことか』
そして数分で答えを書いて去っていった。お世辞にも上手いとは言えない文字と模範解答を見比べれば、解答の要点をすべて押さえており、かつ模範解答よりも自分たちが書きそうな構成で、早い話完璧な解答だった。
 ――― って、“臨也”?
ふと新羅は再度静雄の方を向いた。
「静雄名前で呼んでたっけ?」
「あ。……まぁ、頼まれて」
そこを指摘されるとは思っていなかった静雄は言葉を濁し、先日の文化祭でのことを軽く説明した。
「はぁ……律儀だね」
 ――― 臨也も何頼んでいるんだか。
新羅はやれやれと言わんばかりに首を振り、肩をすくめて見せた。
よくよく考えればおかしな話であった。いくらお願いと言われても、年上の人を名前で呼び捨てにするのは敬語とは違う。文字数が減ったため呼びやすくはなったのだが、静雄は今一つ落ち着かなかった。
 始業のチャイムが鳴り、生徒が各自の席に着くと化学の教師が入ってきた。起立と礼を省略し、教師はまずチョークを手に取り黒板に書き始めた。字を目で追っていけば、『中間考査範囲』の文字。
「試験一週間前だから、各自でメモっておくように」
そう言って、教師は教科書を開いた。生徒たちはノートの端や机の隅にそれを書き写した。静雄もルーズリーフの端に書き留め、鞄の中から教科書を取り出そうとした。すると携帯の受信ランプが点滅していることに気づいた。教師の目を盗んで開くと、送信者の欄に母親の名前が入っていた。
 ――― 母さん?
何だろうと思いながら、静雄はメールを開いた。
 
『ごめんね。今日ちょっと仕事が長くなりそうで遅くなるから、夕飯頼んでもいい?』
 
ここで否という返事は返せない。むしろ静雄にとっては少し好都合だった。短く「わかった」と打つと送信ボタンを押し、携帯を鞄に戻した。
 授業が、まだ一時間目なのだが、学校が早く終わることを静雄は願った。
 
 新宿。
 静かな空間で、臨也はコーヒーを片手にパソコンに向かっていた。書類作成にチャット訪問、情報検索、連絡と、やらなければいけないことがたくさんあるのだが本人は至って余裕の表情でキーボードを叩いていた。なぜならチャットと情報検索はラップトップで行い、デスクトップで臨也は情報検索と連絡を行っていた。そして書類作成は波江に任せていた。
 ふと時計を見ると、十二時を幾分か過ぎていた。
「一回休憩して昼食でも食べようか」
「そうね」
波江は書類を上書き保存し、パソコンをスリープ状態にした。そして椅子から立ち上がるとそのままキッチンへと入っていた。臨也はラップトップでの作業を中断した。
「今日は何を作ってくれるのかな?」
頬杖をつき、そう笑顔で尋ねるが、波江の反応は冷やかであった。
「先に言っておくけれど、貴方の注文を聞く気はないわ」
「いや、俺は別に何でもいいよ。人が作った料理なら」
そう言うと、臨也は情報検索のため、デスクトップの画面に視線を移した。
 キッチンに立ったまま、波江は溜息をついた。そして独り言を臨也に聞こえるように言った。
「サラダとインスタントにでもしてやろうかしら」
「それは勘弁!」
がたりと椅子から音を立てながら立ち上がり、臨也は大きな声で拒否を示した。
「冗談よ」
しれっとした態度で波江は返し、棚から食パンを取り出しトースターに入れた。そして冷蔵庫からハムや卵、レタスを取り出した。サンドウィッチである。
 ――― 波江さんが言うと、洒落にならないからなぁ……
少しだけ嫌そうな顔をしながら、臨也は椅子に落ちるように座り、ほっと息を吐いてパソコンに意識を戻した。
 
 何かがおかしい。
 静雄は下校途中、直感的に感じた。別段静雄の周りに変化はない。大通りを普通に人が往来し、しゃべり、横断歩道を渡り、車が高架下を走り抜けている。風景自体に変化はない。おかしいのは、自分を取り巻く空気だった。異物が内側に入ったような気持ち悪さを感じた。
 ――― 何だ?これ。
左右を見るが、別段変なものはない、
「……」
と思ったが、一人の人間が静雄の目に留まった。
 その人間は今から静雄が渡ろうとしている横断歩道の向かいにおり、携帯を弄っている。見た目の年齢の割にその指は早い。
 信号が赤から青に変わった。大勢の人間が渡り始めた。その男も例外なく、こちらに歩いてきた。
 静雄は踵を返し、男に背を向けて歩き出した。
そのまま首都高沿いに歩道を進み、後ろに注意を向けた。あの男は背後にいた。たまたま同じ方向かも知れないが、静雄は次いで比較的広めの路地に入った。
「……」
やはり男は背後にいた。相変わらず携帯を弄っているが、長すぎる。女子高生でもないのにここまで弄るのはおかしい。
 静雄はさらに細い路地に入り、振り返った。その瞬間小さな金属音が耳に入った。見れば、先ほどの男がナイフを振り上げていた。
「ッ!」
静雄は空いた腹部めがけて拳を突き出した。男は軽々と後方に吹っ飛び、壁に激突して崩れた。男が手放したナイフが皮膚の表面を掠り、赤く滲んだ。
「何だってんだ」
静雄は地面に落ちたナイフを靴の踵で踏みにじった。いきなりナイフを振りかざすなど非常識にも程がある。男が起き上がって来ないことを確認すると、静雄は路地を抜け、広い道に戻ろうとした。まさにその気を抜いた瞬間だった。
「?!」
建物の陰から飛び出してきた男がまた切りつけてきた。しかし刺さることはない。静雄はそのまま男の襟を掴んで投げ飛ばした。
 しかし。
「…あ?」
くぐもった音が一発、二発、三発と聞こえた。急に足から力が抜けた。撃たれたのだと気付いたのは、その場に倒れてからだった。右太腿と左腹部、そして左肩。貫通はしていなかった。幸いにも肺は無事のようで、呼吸に問題はなかった。
――― 痛い。
しかしこのまま伏せていてはいけないと思い、腕を立てて立ち上がろうとしたが、体を起こすことができなかった。力が抜けてしまった。
 ――― あー、急所いったのか?これ
すると、視界が霞み、音が遠ざかっていった。
 ――― やべ、意識が……
「まずい、『折原臨也』が来た!」
 ――― 折原、臨也……?
最後に聞こえた名前に、静雄は納得した。あの最初に感じた違和感は“これ”だったのかと。
 そしてそのまま、意識を手放した。
 
橙の陽が差し込んでいた。確かこの天井は来良総合病院だったっけな、と記憶をたどった。
「目、覚めた?」
ぼんやりとする頭を右に動かすと、臨也の姿が目に入った。
「……」
「何で俺がここにいるのかって聞きたそうな顔だね。丁度君の所に行こうと思っていたらなんか変な音が聞こえてさ。駆けつけてみたら君が倒れていたんだ、……血塗れで」
そう言った時の臨也の顔はどこか蒼白だった。
「お母さんは今医者と話してるよ」
それを聞いて、静雄は午前中のメールを思い出し、悪いことをしたなと思った。それよりも今はこの男に聞きたいことがあって仕方がなかった。
呼んで来るよ。そう言って立ち上がった臨也の手首を静雄は掴んだ。
「なぁ、臨也」
静雄は肘をついて起き上がり、臨也を見上げた。
「何?」
そう聞き返す臨也の顔にはいつもの温和な笑みが張り付いていた。今の静雄にとってはそれが鬱陶しくて仕方がなかった。
「お前、何か隠してるのか?」
「別に何も」
突然どうしたの。そう臨也は言った。その声に僅かな震えを見抜き、静雄はさらに被せた。
「何で俺を刺した奴らが、お前のこと知っていたんだ?」
「!…それは」
臨也は目を見開き、そして表情を取り繕うと視線を静雄から外し、言葉を濁した。静雄は手を伸ばして臨也のコートの襟をつかむと、自分の方に引き寄せた。静雄のほぼ真上に臨也の顔がきた。目を合わせるのが億劫なのか臨也は目を伏せたまま気まずそうな表情をしていた。
「お前」
更に聞きこもうとしたところで、病室の引き戸が開いた。母親と幽だった。
 静雄はばっと手を離した。そして臨也は機会を得たと言わんばかりに身を翻しドアの方に進んだ。
「じゃあ、私はこれで。お大事に」
そう母に会釈をして逃げるように病室を出て行った。外に出て丁寧にお辞儀をする母を背に、幽は静雄の横に立った。そしてひざを折り静雄の視線に合わせた。
「何かあったの?兄さん」
「いや……」
静雄は手首を掴んでいた手をじっと見つめた。
 
「…そッ!!」
だんっ、と臨也は壁を叩いた。しかし誰も振り返らない。振り返る人がそこにはいなかった。音だけが空しく反響した。
 路上に血まみれで倒れていた静雄を見た時以上に肝が冷えたことはなかった。臨也は壁に寄りかかり、ぎりり、と歯を食いしばった。そして病院であるにも関わらずポケットから携帯を取り出し、ある場所に電話を掛けた。それは数か月前、池袋の裏を取り締まってもらうように頼んだ場所であった。
「…どういうことですか」
『あなたに頼まれたことはちゃんとやってますよ』
電話越しの低い声は淡々と言った。間違っていないのだがその返事に苛立ちを感じながら、臨也は返した。
「彼らの現在はご存じで?」
『それはもちろん。しかしこういったことはあなたの専門ではありませんか?』
「…まぁ、そうですね」
どうやら教える気はなさそうだ。失礼します。そう言って臨也は電話を切った。確かに自分はあの資料については彼らに手を回してくれるように頼んだ。そして確かにあれは資料外の、数か月前に“捨てた”集団だった。臨也は自分の楽観さを呪った。
 ――― 絶対、消し去ってやる
携帯電話を握りしめ、獲物を捉えた狩人のような鋭い目で臨也は窓の外を睨んだ。
 
 自前の回復力が功を奏し、本来入院三カ月の所静雄は一週間で退院した。うち終わりの三日は殆ど寝て起きての暇な生活だった。担当していた医者もその回復力に驚いたが、疑問も何も言わずに静雄を家に帰した。迎えに来た母親の車の後部座席に乗り込み、静雄は病院を一度だけ振り返った。
 ――― 結局、来なかったな
あれから退院までの一週間、臨也は病室に姿を見せなかった。あの時詮索の気はなかった。ただ分からないことを知りたかっただけだが、臨也にとってまずい部分を聞いてしまったのだと、あとから後悔した。しかし二週間も何をしているのだろう。
 家に着いて久しぶりに携帯を開くと、何件かメールが受信されていた。それはすべて新羅からのもので、容体を窺うものや授業の連絡などであった。
 
 学校に行くと、ついこの間中間考査が終わったというのに、二週間休んだということも相まって、もう期末考査の範囲が発表されていた。新しく学ぶ勉強が終わっていて助かったと静雄は思った。今はセンター試験に向けての復習や演習が殆どで、何とかなる気がした。
 昼食を終えて残りの昼休みに騒ぐ教室の引き戸を開けると教室中の視線が集まった。しかしそれも一瞬のことだった。各々のやるべきことに意識を向けた。だが彼らの表情はどこか明るく見えた。
 そしてどうやら二週間の間に席替えをしたらしく、自分の前の席には別のクラスメイトが座っていた。さて自分の席はどこだろうか。そう考えていると後ろから背中を軽く叩かれた。
「やぁ、静雄。もう退院したのかい?」
「まぁな」
新羅が声をかけてきた。肯定の返事を聞くなり表情が面白いものを見つけた子供のように明るくなった。そのまま新しい席まで案内してもらい、静雄は席に着いた。新羅は前の席の椅子の背に腰を預けた。
「やっぱり君はすごいね!全治三か月を一週間で完治させるなんて!本当もうぜひ検査したいよ!」
その目は興味と好奇心に輝いていた。それを見て静雄は深いため息をつき、両手を新羅へと伸ばした。
「少しは心配してくれてもよかったんじゃねーのか?」
「いだだだっ、だって、静雄だから大丈夫だと思ってええぇぇぇっ!」
おーよく伸びるな。そう思いながら静雄は新羅の頬を引っ張った。手を離せば新羅は両手で赤くなった頬を挟んだ。そして涙目になりながら自分を見上げ、文句を言った。あまりに日常過ぎて思わず笑ってしまった。
 そして予冷が鳴り、残り少ない学校生活が始まった。
 
 以前取引したことがあった組織だと判明したため外郭の情報は手に入った。しかしながらこれはと決め手になるような重要な情報はなかなか見つけられなかった。特に深入りもせずまた一度無くなったような組織だったからだ。臨也は文字がずらりと羅列された資料をデスクに積み、背もたれに体重を預けて長い息を吐いた。外を見れば何度となく昇り沈みを繰り返した太陽がまた真上を向いていた。その眩しさに目を顰めながら、臨也はブラインドを閉めた。途端に室内は薄暗くなり、急に下がった体感温度に身震いがした。
 波江にも休みを与えているため、今は仕事場には臨也しかいない。
 ――― シャワー浴びよう
欠伸をしながら、臨也は立ち上がり二階の浴室に向かった。
洗面所で鏡を見ると目の下には隈ができ、とてもひどい顔をしていたため思わず苦笑してしまった。昨日から着たままの黒いシャツを脱ぎ、ジーンズも下着も脱いで浴室に入った。
 給湯器のボタンを押してシャワーを浴槽内に流す。次第に流れる水は湯気を立て始め、ちょうどいい温度になったところでそれを臨也は頭からかぶった。その温かさにほっとした。休息は考えをまとめるのに必要な時間であり、睡眠も記憶の整理に必要な時間だと以前どこかの論文で見た気がした。さすがに根を詰めたと自覚している臨也は一度デスクから離れることに決めた。
まだ足りない。もっと必要だ。それでも感情は先走る。
 ――― 一応、後で確認に行くか
疲れはいつの間にか飛んでいた。曇った鏡をさっと手で拭き再度鏡で自分を見ると、外で見た時とは違う表情の自分がそこにいた。
 
 夜。静雄は自分が刺された現場に来た。血痕はだいぶ洗い流され、きつい消毒剤の臭いも薄まり、暗い中で見る分には何の変わりない道路に変わっていた。要は何も残っていなかった。それほど繊細にできているわけではないので静雄は現場を見ても特に何も感じなかった。ただ漠然とあぁここだ、そんな感じだった。
 自分が倒れたあたりに近づいてその場に膝をついた。銃撃の衝撃は背後からだった。記憶に従って振り向くと丁度高いビルが目に入った。多分あの辺りから撃ってきたんだな。沸々と怒りが込み上げるが、その場所に犯人がいるはずもないので仕方なく静雄は近くの壁を殴っておいた。壁にはひびが入りぱらりと破片が落ちた。
ぱきりと何かを踏んだような音が聞こえた。
 誰だと思いばっと静雄は音のした方を振り返った。すると真っ黒な人間が一人立っていた。
それはいつしか見たあのフードの男、“情報屋”だった。街灯がこちら側にあるため顔が見えるかと思ったが見えたのは下半分だった。上部は目深にかぶったフードのせいで影となり表情は見えなかった。
「おい」
そう声をかけると情報屋は大袈裟な反応を見せた。こちらが見えていなかったのかと思わせるくらいあからさまな反応だった。
彼はくるりと体を回し、何も言わずそのまま駆け出した。
「ちょ、待てッ!」
逃げられたことへの反射的な反応だった。静雄はその後を追った。
 静雄は足が速い。しかしそれ以上に情報屋の足は速かった。いや走るのが上手かった。入り組んだ道を無駄のない動きで右へ左へと走り軽い障害物は難なく飛び越えた。どこかの刑事モノの逃走劇を思わせたが、袋小路に入った。
「っし!」
情報屋は足を止めた。静雄は一気に距離を詰めその腕を掴もうと思い手を伸ばした。
だが情報屋の手は静雄の手から上方に逃げた。
「え?」
何も掴めなかった手をそのままに静雄はその手の動きに沿って上を見た。情報屋は慣れた手つきで壁の表面を這う管を掴み、勢いを殺さずに壁の上を走っていった。
 ――― 壁登った…、あの時!
あの時姿が消えたのは上に逃げたからなのかと静雄は結論をつけた。このあたりは割合低く古いビルが多かった。立ち止まっていては逃げ切られてしまう。
 静雄も負けまいと、見よう見まねで膂力を使って無理やり壁を登った。
「!」
それに驚いたのは屋上まで上がり静雄の様子を窺っていた情報屋の方だった。慌てて踵を返し、深く被ったフードを押さえながらビルからビルへと飛び移った。
「待ちやがれ!」
登りきるなり、静雄はその背を休憩することなく追った。アクション映画のような感覚に静雄はわずかな興奮を感じていた。
 しかしその“追いかけっこ”もビルから排水管を緩衝材に伝い降り大通りへ出てしまったところで終わった。
路地を抜け60階通りの人ごみに紛れ込まれ、静雄は情報屋の姿を見失った。
「ちっ…」
前後左右四方八方を見まわすが、無駄であった。静雄は一つ舌打ちをすると、その流れに乗らず東急ハンズのエントランスの柱に背を預けて息を整えることにした。思った以上に体力を使った。まさかビルの上を走るとは思わなかった。情報屋の動きも、素人目だがその道のプロではないようだった。本当に逃走用だけに学んだのだろう。
 ――― ……帰るか
わざわざ現場に戻るのも面倒に思い、何もすることがなくなり、静雄は帰路についた。
 
 ――― 危なかった
人ごみの奥から、「情報屋」の臨也はじっと静雄の姿を確認しながら動いた。
 
 そしてこの時ほど、家庭教師の時間が気まずいことはなかった。
 自分がノートに文字を書く音が大きく感じるくらい、恐ろしいくらいに静かだった。ちらりと臨也の方を見るが、何かをずっと考えているようで心ここにあらずといった状態だった。質問をすると普通に答えは返してくれた。ただそれ以上の会話はなく、機械のような時間だった。
「臨也、この英文の訳なんだけどさ」
問題集を見せながら、静雄は臨也に問うた。臨也はぼんやりとその問題を眺めた。
「……それは強調構文だね。あとこの時におけるhouseの意味は泊まるって意味だから。あとはこのthat以下はここに掛かってきて、さらにwhichでこの単語は説明されているから」
その声に感情はなかった。そこで説明は止まり、静雄は机に身体を戻した。
やはり何か変だ。そう静雄は思った。臨也が今までにこんなに“感情がない”ことは無かった。さらに病院では逃げたのに家庭教師として臨也は普通に現れた。何であの時答えなかったんだと文句の一つでも言えたらもっと違う展開が待っていたのかもしれなかった。しかし家に来た時点からずっとこの調子で、尋ねたところで明確な答えが期待できなかった。いやむしろ意地でも答えないだろう。所詮臨也と自分は家庭教師とその生徒という関係であり深入りする必要はないのだと考えることにしたが、どこか納得できずまた悔しさに似たものを感じた。
臨也は時折目を擦り、目薬を点していた。それは今までになかった行動であった。
「大丈夫か?」
思わず静雄は尋ねた。
「大丈夫だよ。ちょっと目が乾いてさ」
そう臨也は返すがその顔に生気はなく、返事が全く信じられなかった。
 
 三時間が経ち、臨也は帰り支度を始めた。コートを羽織り鞄を抱えて部屋を出て行く。静雄も勉強道具を今日はそのままにして玄関まで見送った。
「じゃあまた」
「あぁ」
がちゃん、とドアが閉まった。
 
 時間があるときには静雄は学校帰りに池袋の街を動き回った。あの場所に来たということは、自分の事を調べているのだろう。そう推測を立てて細い道を中心に巡った。しかしなぜあの情報屋が自分の事を調べまわっているのだろうか。それが疑問だった。接点はてんで思い当たらない。向こうが自分を知らないことは多分ないだろう。だが彼が関わるような社会に足を突っ込んだ覚えは全くない。裏社会に目でもつけられたかとも思うが、生憎と喧嘩を売ってきていたのは不良学生ばかりである。そんなはずはと思いつつも彼らが実はつながりがあったのかと思い始め……諦めた。これ以上考えていても考えるだけ無駄だと結論付け、静雄は校門を抜けた。
 
 二時間が経過し、家での勉強のことも考え今日は帰るかと思っていた矢先のことだった。
 家に帰るために角を曲がったが、すぐにその角の建物に身を隠した。
 ――― ……いた
建物の物陰から静雄は様子を窺った。情報屋の横にはもう一人見覚えのある人が立っていた。確か文化祭の時に臨也が挨拶をした人だ。たしか名前は門田。彼は情報屋と何か喋っていた。知り合いだったのか。しかし会話の内容までは聞こえない。
静雄は注意深く様子を見ることにした。情報屋を明るいうちに見かけるのは二度目だったが、じっくり見るのは初めてだった。その後ろ姿は覚えのある人物に妙にかぶった。
――― あれ?あいつって……
 
「や」
同時に肩を叩かれ、自販機でコーラを購入しようとしていた門田は振り向いた。
「臨也か。何だ、昼間っからそんな恰好して」
門田は臨也の身なりを見ていった。いつも黒いコートを着ているのは見慣れていたが、日中からフードを被っている様子はおかしかった。まして周りに注意を払うように深く被っていた。
「ちょっと面が割れると困るからね」
臨也は自販機横の壁に背を預けた。
「あぁ、あいつにか」
すぐに合点がいった。門田の様子に臨也は一つ頷いた。
「最近俺のこと探してるみたいでさ」
池袋のあちこちを歩き回っている静雄を臨也は何度か目撃した。
あの夜、まさかあそこで静雄に会うとは思わなかった。何とか撒くことはできたが次はないかもしれない。あの時は本当に焦ったと、今でもその感覚を鮮明に覚えている。
 門田は缶のプルタブを開けた。炭酸特有のガスの抜ける音とともに泡の立つ音がわずかに聞こえた。
「で、どうなんだ?状況とやらは」
「まぁまぁ駒はそろってきたよ。あとは仕上げに火を放てば終わり。全く我ながら自分の力を褒めたいよ」
そう言いながら、臨也は手でライターの火をつける真似をした。それを見て、門田は缶から口を離し溜息をついた。
「お前、いつかやられるぞ」
「その時はその時、対処するさ」
それができない自分ではない。臨也は言った。
 そこで会話が止まった。臨也は見かけて声を掛けただけで、門田も特に臨也と話す話題を持っていなかった。首都高速を走っていく車の音、表を歩く人々の喧騒が遠くのように聞こえた。このあたりは裏通りなので人も滅多に通らない。時折スーツを着た男性が抜け道代わりに使うか、電話をかけるために立ち寄るくらいだった。
そこはとても静かで、つい臨也は呟いた。
「まぁ、ちょっと今回は無理したかもしれないかなぁ……」
「?」
空になったコーラの缶を、門田が自販機横にあったごみ箱に捨てて臨也の方を振り返るまえに、落下音が鳴った。門田は反射的に振り返ると臨也が消えていた。
そのまま視線を下ろすと、地面の上に倒れていた。
「おい、臨也」
慌てて口元に手を置けば規則正しい呼吸を繰り返していた。それを感じて門田は安堵の息を吐いた。
「……俺はタクシーじゃねぇっての」
そう呟きポケットから携帯を取り出したところで「臨也!」という声を聞いた。
 
 静雄は思わず駆け出していた。幽からの近々家に帰るというメールに気を取られてしまった間何があったのか、次に視線を戻したときには臨也は倒れていた。
 しかし飛び出したところでどうなるのか。そこを考えていなかった。
「お前……」
「ッ!」
門田は携帯電話を手にした不自然な状態で静雄を見上げた。もしかしてまずい間合いで出てきてしまったか。そう後悔したが、門田は特に何も言わず臨也に苦笑いを向けたまま電話を繋げた。会話の内容を聞く限り、臨也を家へ運ぶようだった。
 二件掛け終えて電話を切り、門田は静雄の方を向いた。
「連れに車を回させるんだが、臨也運べるか?」
「え?あぁ」
標識を軽々と回せるのだからそんなことは容易いことだった。しかし目の前の門田も臨也を運ぶには十分な体格を持っているように見えた。わずかに疑問を感じつつ、静雄は臨也の傍に膝をついてその身体を背負った。静雄の鞄は門田がすでに持っており、その後を追いかけた。
 着いた場所はシネマサンシャイン付近の駐車場で、かわいらしい女の子の絵が描かれた銀色のワゴン車が止まっていた。門田は開いたウィンドウから運転手に話しかけた。
どうしようかと考えていると、ワゴンの後部座席のドアが開いた。
「こっちこっち」
「どうぞっす」
「あ、はい」
静雄は先に臨也を倒されたシートに寝かせ、降りようか迷っていたところドアが閉められてしまった。とりあえず座席に座り直しシートベルトをつけた。
 ふと横を見ると二人が座席から顔をのぞかせて臨也を見ていた。
「イザイザって寝顔可愛いんだねー」
「意外な盲点ですね」
女性の方が指で頬をつつこうとしていたところ注意が飛んできた。
「おい、あんまりちょっかい出すなよ」
酷い返り討ちが待ってるからな。そんな音声が含まれていた気がした。彼らは大人しく返事を返し、そのままよくわからない話題で盛り上がり始めた。百合?ツンデレ?いくつもの分からない言葉に疑問符が飛んだ。
 門田が助手席に乗り込むと、車は裏道を抜けて首都高沿いに、新宿に向かった。
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HN:
獅子えり
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女性
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自己紹介:
日本の真ん中あたりの都市に住処有。最近有名になった大学に在学。ドイツ語専攻中。ゲームは日常の栄養剤。小説書くのは妄想を形に(笑)本自体が好きという説明しがたく理解されにくいものを持っている。横文字は間違える。漢字は得意な方。英語は読み聞きはいいが話せない。他は自己紹介からどうぞ。
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